ウィリアム・トムソンは、1824年、英国北アイルランドのベルファストで生まれた。父親は大学の数学教授で、ウィリアムは2人兄弟の下のほうだった。
ウィリアムはまれにみる秀才で、わずか10歳のとき、父親が教授を務めるグラスゴー大学への入学を許可された。
同大学をへて、ケンブリッジ大学などで学んだ後、22歳の若さでグラスゴー大学の教授に就任。英国の大学で初となる物理学実験室を作った。
トムソンは、24歳のとき、絶対温度目盛を導入し、27歳で熱力学の第二法則を定式化し、28歳でジュール=トムソン効果を発見し、42歳のときには、大西洋横断電信ケーブルを敷設した。
この大事業を成し遂げた功績により、トムソンはナイトの称号を受け、サー・ウィリアム・トムソンとなった。
68歳のとき、男爵の爵位を受け、「ケルヴィン卿」となった。絶対温度の単位を「ケルヴィン(K)」というのは、これに由来する。
古典物理学のほぼすべての分野に業績を残したトムソンは、グラスゴー大学の総長を務めた後、1907年12月、スコットランドのラーグスで没した。83歳だった。
絶対零度というのは、摂氏マイナス273.15度のことで、温度はこれ以上下がることはないのだという。
この絶対零度を0度として、目盛りをつけたのがトムソンが使った絶対温度(単位はK、ケルヴィン)で、目盛りは摂氏と同じ幅なので、273.15Kが摂氏0度になる。
古典力学の範囲内で言えば、絶対零度のとき、すべての熱運動は止まってしまう。
高校生のとき、物理の先生が、液体窒素を魔法瓶に入れてもってきてくれたことがあった。バラの花をそのなかにちょっとつけて取り出すと、もうカチンカチンで、軍手をはめた手でさわると、かわききったクロワッサンの皮のように、パリパリと砕けるのだった。
液体窒素の沸点が77K、摂氏マイナス196度だというから、絶対零度の世界というのは、これよりまだ77度低い世界なのか、と思った。
これはもちろんかなわない夢だけれど、絶対零度の世界に放りこまれて、まったく運動のない世界というのを、一度体験してみたい。
いったいどんな感じがするだろうと、想像するだけで、とても不思議な心持ちになる。
こんなことを想像している自分は、トムソンの頭脳優秀に比べて、なんとバカなのだろうと思うけれど。
とはいえ、トムソンのような頭のいい人は、逆に想像的な夢に欠けているようで、「空気より重たい機械が空を飛ぶはずがない」と飛行機の可能性を否定し、X線はうそだと言い切っていたというから、人の頭には向き不向きというものがあるのかしら、とも思う。
(2014年6月26日)
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