4月5日・カラヤンの教え | papirow(ぱぴろう)のブログ

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4月5日は、シンガーソングライター、吉田拓郎が生まれた日(1946年)だが、音楽指揮者のカラヤンが生まれた日でもある。
自分が物心ついたときから、山はエベレスト、絵画ならピカソ、指揮ならカラヤン、というのが最高峰の代名詞だった。生きている神さまのひとりだった。

ヘルベルト・フォン・カラヤンは1908年、オーストリア・ハンガリー帝国(現在のオーストリア)の、モーツァルト生誕の地として知られるザルツブルクで生まれた。父方の先祖はギリシア出身で、ザクセンにやってきた先祖は服飾産業の功績により18世紀末に貴族に列せられた。それでカラヤンの姓には「フォン」という貴族を表す接頭語が付くようになった。ヘルベルトの母方はスロヴェニア系だった。小さいころからみごとなピアノ演奏で神童と呼ばれたヘルベルトは、8歳からザルツブルクのモーツァルテウム音楽院で学び、教師から指揮に集中するよう助言を受けた後、18歳で同音楽院を卒業した。
20歳で指揮者としてデビューし、ウルム市立劇場の指揮者に就任。
25歳のとき、ザルツブルク音楽祭で指揮をし、30歳でベルリン国立歌劇場管弦楽団とベルリン国立管弦楽団の指揮者となり、その直後に「国家指揮者」に昇格。
以後、ベルリン、ウィーン、パリ、ザルツブルクを中心に、常任指揮者、音楽監督、芸術監督などを務め、ジェット機で飛びまわって世界各国のオーケストラや音楽祭で指揮棒を振り、ヨーロッパのみならず、世界音楽界の帝王として君臨した。
ベルリン・フィルでは終身指揮者だったが、1989年4月にこれを辞任し、同年7月、心臓発作のため、ザルツブルク郊外の自宅で没した。81歳だった。

自分はカラヤンのCDは、10枚セットを含め、たくさんもっている。カラヤンは楽譜を暗記していて、目を閉じ哲学的思索にふけるように指揮をした。横顔がすてきだった。

カラヤンは、ベルリン・フィルで重厚な厚みのある音と、緻密な音楽構成を作り上げたが、一方で、現代的なスピード感あふれる指揮者でもあった。同じ交響曲でも、彼が振ると、たとえばバーンスタインが振るのよりもずいぶん早く演奏し終えた。
カラヤンはスキーでは直滑降の名人で、ポルシェやフェラーリを乗りまわし、ジェット機やヘリコプターを自ら操縦するスピード狂だった。

日本人指揮者の小澤征爾は、カラヤンがほんとうにかわいがった愛弟子のひとりで、小澤が世界的な指揮者となった後でも、彼の演奏を聴きにきたときはかならず後で楽屋を訪ねて、あそこはこうしたほうがいいと細かくアドバイスしていったらしい。
カラヤンは、自分のお気に入りの女性クラリネット奏者をオーケストラに加入させようとして、ベルリン・フィルのメンバーたちともめたこともあった。自分の気に入った者には、とことん愛情を注ぐ人だったのかもしれない。

カラヤンは小澤征爾にこう教えたという。
「(カラヤンは)演奏を盛り上がらせるばあいには、演奏者の立場よりもむしろ、耳で聞いているお客さんの心理状態になれと言った。方法としては少しずつ理性的に盛り上げて行き、最後の土壇場へ行ったら全精神と肉体をぶつけろ、そうすればお客も、オーケストラの人たちも、自分自身も満足すると言った。」(小澤征爾『ボクの音楽武者修行』新潮文庫)
なるほどなあ、と思う。
(2014年4月5日)


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