4月1日・後を引く若松孝二 | papirow(ぱぴろう)のブログ

papirow(ぱぴろう)のブログ

Something to remember today. 今日の日が流れて消え去ってしまう前に。

エイプリル・フールの4月1日は、作家、ミラン・クンデラが生まれた日(1929年)だが、映画監督、若松孝二の誕生日でもある。
2012年、若松監督が交通事故で亡くなったというニュースを聞いたときはショックだった。自分が近年、映画館で観た映画を思い返してみて、そのなかに若松監督作品が多いことに気づいた矢先のことだった。

若松孝二は、1936年、宮城県の涌谷町で生まれた。本名は伊藤孝。
高校を2年生で中退し、上京。職人見習い、新聞配達、暴力団員のつかいっ走りなど職を転々とし、21歳のとき、ケンカざたで逮捕され、半年間を留置場ですごした。
テレビ映画の助監督をへて、27歳のとき、警官殺しのピンク映画「甘い罠」で映画監督デビュー。その後「激しい女たち」「おいろけ作戦」「犯された白衣」「秘花」「私は濡れている」「天使の恍惚」などを撮り「ピンク映画の黒澤明」と呼ばれた。
40歳で、大島渚監督の問題作「愛のコリーダ」をプロデュース。
46歳のころ一般映画に進出し、連続暴行魔を扱った「水のないプール」を発表。以後「エロティックな関係」「完全なる飼育 赤い殺意」「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」「キャタピラー」「海燕ホテル・ブルー」「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」「千年の愉楽」などを撮った後、 2012年10月、タクシーにはねられ重症を負った5日後に没した。76歳だった。

自分が観た若松監督の映画は、監督の名前を知らずに観た作品ばかりである。それぞれの映画が扱っている事件性、テーマ性から、
「これは観ておかなくては」
と思って、映画館へ足を運ぶ。若松作品は「そそる」のである。
そして、観終わった後はたいてい、重たい気持ちをひきずって映画館を後にする。「連合赤軍」「キャタピラー」「三島由紀夫」など、自分はいまでもときどき重苦しい気持ちで思いだす。夢を見てうなされるような気持ちがする。観て、よかったと思う。若松作品は「後を引く」のである。

淀川長治さんが言ったように、ヨーロッパ映画界ではフェリーニやヴィスコンティが「映画の神様」で、ゴダールやパゾリーニが「映画の悪魔」ならば、日本映画界で言えば「映画の神様」は黒澤明や山田洋次であり、「映画の悪魔」は大島渚や若松孝二ということになると思う。
若松孝二。映画を観た人の心に切りつけ、消えない傷を残す。そういう作品を作る、すごい監督だったと思う。
(2014年4月1日)


●おすすめの電子書籍!

『4月生まれについて』(ぱぴろう)
ヤン・ティンバーゲン、ミラン・クンデラ、ダ・ヴィンチ、ブッダ、カント、ウィトゲンシュタイン、ランボルギーニ、吉田拓郎、忌野清志郎など4月誕生の30人の人物論。短縮版のブログの元となった、より長く、味わい深いオリジナル原稿版。4月生まれの存在意義に迫る。

●あなたの原稿を、電子書籍で出版してみましょうか?
http://www.meikyosha.com