1月29日は『ジャン・クリストフ』を書いたロマン・ロランが生まれた日(1866年)だが、神秘思想家、スウェーデンボルグの誕生日でもある。この世とあの世を行き来できた人である。自分はずっと以前、彼の『霊界日記』を文庫本で読んだことがある。
スウェーデンボルグこと、エマーヌエル・スヴェードボーリは、1688年、スウェーデンのストックホルムで生まれた。彼の一族は鉱山にたずさわる裕福な家系で、父親はルター派教会の牧師だった。父親は、信仰よりもむしろ神との霊的親交こそが大切であり、天使や精霊が日常生活にいると信じる人で、この考えが息子に強い影響を与えたと言われる。
エマーヌエルは22歳で大学を卒業後、仏、蘭、独などヨーロッパの国々をまわり、英国に4年間住んだ。英国では、物理、機械工学、哲学など、さまざまな分野の研究をし、論文を書き、また詩を書いた。27歳のとき、スウェーデンへもどり、技術者として働きながら、自然科学の研究をはじめ、科学雑誌を発行した。
このころ、彼はスウェーデン国王に天文台の新設を進言した。進言はいれられなかったが、彼は王立鉱山局の監督官に任命された。
30歳のとき国王が崩御したにともない、僧侶の子息を貴族に列する慣例にしたがって、エマーヌエルたち兄弟は貴族となった。これに際し、彼らの家名も、スヴェードボーリから、スヴェーデンボーリ(英語読みで、スウェーデンボルグ)へと変更された。
彼は数学、物理学、工学、天文学、生理学、心理学など幅広い分野の学問を研究し、合理的な航空機のアイディアとしては人類初と言われる概念図を描き、太陽系の生成理論を確立し、大脳皮質に関する学説を打ちだし、各分野で目ざましい業績を残した。
56歳のとき、ネーデルランド(オランダ)を旅行中、スウェーデンボルグは夢のなかで霊界へ旅する不思議な心霊体験をするようになり、それは英国へ行った後も続いたが、彼はそれを霊界日記として書き残した。
59歳で鉱山局の役職から引退し、年金をもらいながら、ヘブライ語や精神世界の研究をはじめ、聖書の心霊的解釈に没頭した。そうして、著作を匿名で出版した。
たびたび英国に旅していたスウェーデンボルグは、英国滞在中の1772年3月に、英国で没した。84歳だった。没後、彼の霊界への探訪記『霊界日記』が刊行された。
興味のない人には、なんのことやら、だろうけれど、自分はこういう神秘主義、心霊世界にも興味をもっている。
文庫本の『霊界日記』は、抜粋、編集されたもので、日記全体の5パーセントに満たない分量だった。それを読んだ自分がスウェーデンボルグをちゃんと理解しているかどうかは疑わしい。それを前提に説明すると、以下のごとくである。
スウェーデンボルグによると、人間は死ぬと、霊たちのいる世界に連れていかれる。そこで重要になるのは、富とか地位とかの人間社会で通用している価値基準ではなく、霊性が高いか低いかということである。品行の善悪でなく、霊の善悪が問われ、それによって、住む世界が仕分けられ、いずれ、天界か地獄へと向かうことになる。地獄は、いわば魂の刑務所で、矯正の場である。なかには、いつまでたっても復讐や憎悪がしみついて抜けず、延々と地獄にいつづける魂もいる。こうした霊たちの世界、天界、地獄は、人間のいる世界と表裏一体であり、別世界ではないらしい。
この世、人間の社会にも天国や地獄は重なって、同時に存在している。けれど、霊性が低い人には見えない。そういうことかもしれない。
スウェーデンボルグについて語るとき、あの世はどうなっているとかいう話ばかりになって、あまり言われないことだけれど、スウェーデンボルグは霊界の様子を語ることを通して、じつは、人間がいかに誠実に生きるべきか、どういう生き方が誠実な生き方なのか、という自分の道徳観を語ろうとしたのではないか、という気が自分はしている。
(2014年1月29日)
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