1月27日は、「至上の音楽家」アマデウス・モーツァルトが生まれた日(1756年)だが、「マゾ」「マゾヒズム」の由来である作家、マゾッホの誕生日でもある。
自分は学生のころ、サド侯爵やマゾッホの小説をすこし読んだ。
マゾッホの代表作『毛皮を着たヴィーナス』は、人間の心奥にある隠れた欲望のひとつを拡大し、具現化して見せた実験小説だ、と自分は受けとったが、本の解説を読み、作者は本の内容を実生活でもそのまま実行していたと知って驚いた。
ザッヘル・マゾッホ。または、レーオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホは、1836年、オーストリア帝国の伯爵家の貴族として、現在のウクライナのリヴィフで生まれた。
少年時代から、親戚の伯母さんの伯爵夫人を尊敬し、そのスリッパにキスし、ビンタされては感激していたというマゾッホは、法律、数学、そして歴史学に秀才ぶりを発揮して、20歳で大学の歴史学の講師となった。
オーストリア史の論文を書くうち、やがて創作のほうに熱中しだし、ユダヤ、ポーランド、ドイツ、ガリシアなど、作品ごとに民族色を強く打ち出した短編を多く発表し、文筆家となり、文名はしだいに高まっていった。
私生活では、愛人の女性と、女性を主人とし、マゾッホ自身は女主人に絶対服従する契約書を交わして生活した。その愛人への隷従生活を下敷きにして、33歳のときに小説『毛皮を着たヴィーナス』を発表。彼の文学的評価はいよいよ高まった。
この小説を発表した後、彼は愛人の男爵夫人を小説の女主人公と同じ「ワンダ」という名前で呼び、自分のことを典型的な召使の名である「グレガー」と呼ばせ、女主人と下僕の関係でいるという6カ月間の契約を結んだ。彼は愛人がなるたけ毛皮を着ているように依頼し、汽車に乗るときも、愛人は一等、自分は三等の車両に乗ったという。
37歳のとき、マゾッホは結婚した。彼はいやがる妻に強要して、小説のような主従関係の結婚生活を送ろうとしたが、どうも刺激が感じられないと結局離婚し、秘書と再婚した。
その後、マゾッホは、ユダヤとザクセンの人種の宥和や、女性の教育や参政権をテーマとする雑誌を編集し、再婚した妻とともに、反ユダヤ主義に対抗する成人教育の組織を運営した。晩年は精神障害のケアを受け、1895年3月、ドイツのリンドハイムで没した。
マゾッホは自分の美的理想を作品のなかで完成させ、そして現実のなかでも実現しようとした、本能的であるとともに、高度に理知的な人だったと思う。自分の美的理想の集大成として彼は「カインの遺産」という連作小説を構想していたらしいが、それはついに完成できなかった。
マゾッホは、貴族でありながら、同時に自分で創作をする職人、芸術家でもあり、ペンで訴える社会運動家でもあって、多くの顔をもつ、行動する人だった。「マゾ」の側面ばかりが強調されるけれど、けっしてそれだけのではなかったと思う。
サドとマゾが対極にあるとは思わないけれど、強いて比較するなら、サドのほうがより本能的、原始的で、マゾのほうがより理知的で、頽廃的だと思う。自分にはどちらかというとマゾのほうがしっくりくる。
でも、サドの部分を含め、自分の心にはもっといろいろな側面がある。あらためて、「人間は、複雑な生き物だなあ」と。そう思いません?
(2014年1月27日)
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