11月18日は、オペラ『魔弾の射手』を書いた作曲家、ヴェーバーが生まれた日(1786年)だが、調査実務家のジョージ・ギャラップの誕生日でもある。選挙のときなど、出口調査から候補者の当落を予想する「ギャラップ調査」があるけれど、あのギャラップである。
ジョージ・ホレース・ギャラップは、1901年、米国アイオワ州ジェファーソンで生まれた。父親は酪農家だった。
アイオワ大学の学生時代、ギャラップはフットボール選手として活躍し、大学新聞の編集者でもあった。大学を卒業し、20代のころからあちこちの大学を転々としながらジャーナリズムを教え、30代に入ると、ニューヨークのコロンビア大学で教鞭をとりながら、広告会社の調査部門を率いて働くようになった。
34歳の年に、自分の調査会社を興し、そちらに力を注ぐため、大学を辞めた。
1936年、ギャラップが35歳になるこの年は、世界恐慌が尾をひく不況の年であり、大統領選挙の年だった。大統領選は、民主党は2期目を目指す現職大統領、フランクリン・デラノ・ルーズヴェルト、共和党からはカンザス州知事のアルフレッド・ランドンが出て、両者の一騎討ちとなった。
この選挙の際、大手週刊誌が、選挙結果の予想を大きくはずしたのに対して、新参者のギャラップが、すくない対象人数の調査結果から結果を当て、ルーズベルトの再選を予想した。これがギャラップの大躍進につながった。
以後、「ギャラップ調査」は調査の主流となっていく。
ジョージ・ギャラップの調査会社は躍進、発展し、彼は46歳のころには、世界的な調査をおこなう国際組織を立ち上げるまでになった。
ギャラップは、1984年7月、夏を過ごしていたスイスの別荘に滞在中、心臓発作により没した。82歳だった。
最近では、ギャラップの逆を行って、あえて調査対象を選ばない無作為抽出法が用いられるとも聞くけれど、それはともかく、ギャラップの演繹法の方法論を聞くと、なるほどなあ、と思う。
その昔、デヴィッド・ボウイが、インタビューに際して、どうしてそうやって世界で起きていることに敏感でいられるのか、と問われ、こういう意味のことを答えていた。
「わたしがわかることなんて、こうやって自分が両手を広げた幅くらいの範囲しかない。この幅から類推して、すこし広い範囲のことを考え、それを重ねていって、社会全体を理解しようとしているだけだ」と。
ボウイの方法は、ギャラップに通じる部分があると思う。
それにしても、世の中の人たちは、どうやって社会を理解しているのだろう? ちゃんと自分の両手を広げて、そこから考えているだろうか? マスメディアや誰かが言ったことを鵜呑みにして、自分の世界観として据えて、よしとしていないだろうか?
(2013年11月18日)
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