8/3・アン・クラインのファッション思想 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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8月3日は、「プロレスの神様」カール・ゴッチが生まれた日(1924年)だが、ファッションデザイナーのアン・クラインの誕生日でもある。
女性デザイナー、アン・クラインを、自分はまったく知らなかったのだけれど、あるとき、たまたま彼女の写真を見かけて、おや、と思った。最初、ジーン・セバーグかオードリー・ヘップバーンかと思った。が、よく見るとちがって、しかもこの美貌にしてモデルでも女優でもなく、デザイナーだというので驚いた。

アン・クラインは、1923年、米国ニューヨークで生まれた。本名は、ハンナ・ゴロフスキ。ファッションの専門学校を出た15歳のとき、マハッタンの7番街でファッションのスケッチャー(デザイン画描き)として働きはじめた。18歳のとき、同じファッション業界のベン・クラインと結婚し、婦人服メーカーに勤めだし、若い女性向けの服を担当するようになった。そして「アン・クライン」と名乗るようになった。
25歳で自分の会社を興し、若い女性向けに新しいデザインを発信しだした。
ベンと離婚した後、45歳のとき、再婚した夫とともに「アン・クライン社」を設立。
クラインは、新しいデザイン感覚によって、米国の伝統的なボタンとリボンで飾られた「少女らしい服」を過去のものに追いやってしまった。そうして、もっと洗練された、スタイリッシュな、大人びたデザインを、1950年代以降の若いアメリカ女性たちに提供し、大成功を収めた。
ファッション業界の数々の賞を受賞した後、クラインは1974年3月、乳ガンのため没した。50歳だった。
彼女の死後も、「アン・クライン」ブランドは、服やベルトのほか、靴、時計などさまざまな装身具まで幅を広げながら発展を遂げ、多くのデザイナーを輩出している。

自分はファッションには無頓着なのだけれど、敬愛するデヴィッド・ボウイなどを見ると、そのときどきのファッションと、折々の思想やメッセージが密接につながっていて、感心する。米国では、しばしばフッションセンスがそのまま、その人の考え方を表していたりする。
アン・クラインの大人らしい洗練されたデザインは、それを着る若い女性たちの時代精神とマッチして、新しい時代の風を起こした。そして、彼女によって覚醒された時代感覚は、より洗練されたオフィス・カジュアルウェアの方向と、それとは正反対の、ジーンズにバーケンストックのサンダルといった自然派的、ヒッピー的な方向へと、両極端に分かれて発展していった、というように自分には見える。
1990年代の、わざとボロボロなものを着るグランジ・ファッションも、そうした発展と揺り返しの延長線上に必然的に生まれてきたものだという気がする。

アン・クラインはこう言っている。
「服は世界を変えたりしない。服を着る女性たちが変えるのよ」(Clothes aren’t going to change the world, the women who wear them will.; Anne Klein)
(2013年8月3日)



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アン・クライン、マドンナ、モンテッソーリ、ヘルタ・ミュラー、シャネル、アポリネール、ブローデル、バーンスタイン、ゲーテ、マイケル・ジャクソン、宮本常一、中坊公平、北原怜子、宮沢賢治など8月誕生31人の人物論。8月生まれの人生とは? ブログの元になった、より深く詳しいオリジナル原稿版。

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米国ヴァージニア州にあるコミュニティー「ツイン・オークス」の創成期を、創立者自身が語る苦闘と希望のドキュメント。


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