7/10・マルセル・プルーストの命のレース | papirow(ぱぴろう)のブログ

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Something to remember today. 今日の日が流れて消え去ってしまう前に。

7月10日は、ゴロ合わせで「納豆の日」。この日は、宗教改革者のジャン・カルヴァンが生まれた日(1509年)だが、仏国の作家、マルセル・プルーストの誕生日でもある。プルーストは、大長編小説『失われた時を求めて』の作者である。
自分は学生のころ、井上究一郎訳の『失われた時を求めて』を買い集めはじめた。全巻でそろうまで、ずいぶん待たされた後、その分厚い大きな本をそろえて本棚に並べた。何度か読もうと挑戦したけれど、その都度、挫折した。それでも20年間くらいは、引っ越しのたびに運んで、同じ屋根の下で暮らしてきた。いつか通読するつもりで。しかし、何年か前の引っ越しのとき、とうとう手離してしまった。そういうわけで、20世紀最大の文学者とも言われるプルーストは、自分がすこし後ろめたい気分で思い出す作家である。

ヴァランタン=ルイ=ジョルジュ=ウジェーヌ=マルセル・プルーストは、1871年、仏国パリで生まれた。父親は医者で、母親は裕福なユダヤ人の娘だった。
生まれつき病弱だったマルセルは、10歳のとき、森を散歩中に喘息の発作を起こした。以後、彼は生涯にわたって喘息につきまとわれることになり、遠出できなくなった。
大学を出たプルーストは、職らしい職にはつかず、裕福な資産をつかって生活した。
彼が32歳から34歳のころにかけて、弟が結婚して家を出、父親と母親が相次いで亡くなり、彼は広すぎる大邸宅から、パリの町中のアパルトマンに引っ越した。そうしてひとりになった彼は、長編小説『失われた時を求めて』の執筆と、その推敲に専心し、1922年11月に没した。51歳だった。

自分も、『失われた時を求めて』を、すこしは読んだ。はじめのほうで主人公が、紅茶にひたしたプチ・マドレーヌ菓子を口にした、その味覚から、古い記憶がよみがえってきて、追憶の物語が展開していく有名なくだりまでは読んだし、ほかの部分も、拾い読み程度のことはしている。でも、やはり、いまだに通読していない。

自分の大好きな詩人、ジャン・コクトーは、プルーストより18歳年下だが、プルーストの友人兼賛美者で、彼の詩的精神をあらわすエピソードとしてこんな話を紹介している。
「私はプルーストと一緒にホテル・リッツから外へ出ようとしているところだった。彼はその時までに気の向くままにボーイ達にチップとして自分のポケットにあるお金を全部与えてしまっていた。ドア・ボーイの前まで来た時、プルーストはそのことに気づき、五十フラン貸して貰えまいか、とそのボーイにきいた。
『でもそれは』とプルーストはボーイが急いで財布を開けようとしていた時に言いたした。『とっといてくれ、君にやるためなんだ』」(牛場暁夫訳「マルセル・プルースト」『ジャン・コクトー全集第四巻』東京創元社)

自分としては、喘息もちの病弱な人間が、あのような巨大な芸術作品を築き上げた、そのことにプルーストの偉大さを感じる。きっと彼は自分の体力のなさをよく承知していて、同時に、自分が目指している達成が、ものすごい体力のいる仕事であることも承知していたにちがいない。それで、なるたけほかのことに関わることなく、寄り道せず、ひとつ作品だけを作ることに集中した。自分の肉体が死ぬのと、作品が仕上がるのと、いったいどちらが早いだろうかと怪しみながら。プルーストは慎重に、かつ全速力で駆けた。ラテン語の格言にいう「急ぎなさい、ゆっくりと」である。
自分の身の丈と、自分が目指すところの見極め。そして、ほかの一切を思い切って捨てること。それは、実際には、至難の業である。
(2013年7月10日)



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