5月22日は、演奏するのに4日間かかる楽劇「ニーベルンゲンの指環」を書いた大作曲家ワーグナー(1813年)が生まれた日だが、英国の作家、コナン・ドイルの誕生日でもある。
ドイルは「名探偵シャーロック・ホームズ」の生みの親である。
子どものころ、探偵小説好きの自分は「ルパン派」だった。出ていた児童向けのルパン全集はすべて読んだ。その一方で、ホームズものを敵対視し、避けていた。しかし、そんなルパン派の自分でさえ、『緋色の研究』『四つの署名』『バスカヴィル家の犬』『恐怖の谷』『シャーロック・ホームズの冒険』『シャーロック・ホームズの帰還』といった話はおもしろく読んだ覚えがあるので、変な言い方だけれど、子ども時代の自分にとって、作者コナン・ドイルは、敵ながらあっぱれな作家だった。
アーサー・コナン・ドイルは、1859年、英国スコットランドのエディンバラで生まれた。両親ともにアイルランド系で、父親はアルコール中毒だったが、母親は教養豊かな女性で、幼いアーサーにいろいろな話をおもしろおかしく語って聞かせたという。
アーサーは医学の道へ進み、22歳のときエディンバラ大学を卒業。船医などをへて、23歳のとき、ポーツマスに眼科の医院を開業した。しかし、患者が集まらない。ドイルはひまな時間を利用して、小説を書きはじめた。
小説を書いては、出版社に送り、ボツにされる、その繰り返しが続いたが、そんななかの一編が出版社に売れ、雑誌に掲載されて好評を博した。それが名探偵シャーロック・ホームズを主人公とする第一作『緋色の研究』で、ドイルが27歳のときだった。
ドイルは、もともと歴史小説か、SF小説の作家志望だったが、ホームズものが人気を博したため、医者をやめて作家業に専念した。そうして、長編4作、短編56作のホームズものを書き、ほかに『勇将ジェラールの冒険』『失われた世界』などを書いた。
1930年7月、ドイルはイーストサセックス州の自宅の玄関で、胸をつかんで亡くなっているところを発見された。死因は心臓発作とみられる。71歳だった。
ドイルが創造したホームズは、かなりの変人で、いつも暗い部屋に閉じこもって、アヘンを吸い、若い女性にはまったく興味がなく、博識だけれど、その教養は、植物、毒薬、化学などに偏っていて、文学、哲学、政治などにはまったく無知ということになっている。そんな変わり者の彼と、書き手である親友ワトソンがコンビを組んで、事件に挑む。
現代ならば「ゲイのオタク物語」「ヤオイ系探偵小説」などと分類されるだろうけれど、霧の都ロンドンでは、その変人ぶりがまたちょうどいい名探偵のアクセントになった。ホームズ以後、「ポアロ」から「ガリレオ」にいたるまで、世界の推理小説に登場する名探偵は、かならず偏向した個性があるように性格付けされる約束になっているけれど、それはドイルが発明し、道を開いた「名探偵の作り方」なのだと思う。そして、ホームズの偏向した性格はおそらく、作者ドイル自身がもっている性質のある部分をデフォルメしたものなのだろう。
自分は野暮ったい女嫌いの名探偵より、美しい女性と見ればすぐに恋に落ちてしまう泥棒のほうが好きである。ただし、拙著『名作英語の名文句2』で取り上げた『ボヘミア王のスキャンダル』は、魅力的な女性が登場する。ホームズものにはめずらしい華のある作品で、自分としても忘れがたい、おすすめの作品である。と、こうして思い出していると、世界中にたくさんいるシャーロッキアンの気持ちもなんだかわかるような気がしてくる。コナン・ドイルの腕に、自分もまたつかまれているのを感じる。
(2013年5月22日)
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