5月16日は、「雨月物語」を撮った映画監督、溝口健二が生まれた日(1898年)だが、英国のミュージシャン、ロバート・フリップの誕生日でもある。
ロバート・フリップは、プログレッシブ・ロックの雄「キング・クリムゾン」のリーダーである。
自分は高校生のころからデヴィッド・ボウイのファンで、その延長線上でロバート・フリップの名を知った。ひじょうに頭が切れる人で、高度に知的に構成する音楽家という印象がある。
ロバート・フリップは、1946年、英国ドーセット州のウィンボーン・ミンスターで生まれた。
彼は21歳のとき、「歌えるオルガン奏者求む」というバンド・メンバーの募集広告を見て、自分は歌わないし、オルガン奏者でもないくせに、それに応募し、バンドに加入したのが、本格的な音楽活動のはじまりだった。そのバンドを解散した後、フリップは別のミュージシャンと新たにバンド「キング・クリムゾン」を結成。
1969年、フリップが23歳のときにファースト・アルバム「クリムゾン・キングの宮殿」を発表。まったく新しい衝撃と感動をもったロック・ミュージックを創造し、世界の音楽ファンに「プログレッシブ・ロック」という音楽ジャンルの誕生を強烈に印象づけた。
以後、「キング・クリムゾン」は、ロバート・フリップのみを唯一の存続メンバーとして、目まぐるしくメンバーを入れ替え、また長い休止期間をとりながら2011年まで続いた。
ロバート・フリップは、そのほかに、ブライアン・イーノ、デヴィッド・ボウイ、ピーター・ガブリエル、デヴィッド・シルヴィアンなどとアルバムを作り、さまざまな音楽の実験に参加し、マイクロソフト社のWindows Vistaの起動音を作曲するなど、幅広い活動をしてきた。
2012年、66歳のときのインタビューで、ロバート・フリップは、現役ミュージシャンとしての活動から引退する旨を宣言し、こう述べたという。
「音楽産業のなかで働くことは『喜びをともなわない無益な活動』になってしまった」
ロバート・フリップのCDは、たくさん持っている。彼の音楽は、すべて大好きで、LPレコードのジャケットいっぱいに赤ら顔の人の顔が描かれたアルバム「クリムゾン・キングの宮殿」をはじめて聴いたときの衝撃は忘れられないし、デヴィッド・シルヴィアンと彼が作った「ザ・ファースト・デイ」など何度聴いたか知れない。
ロバート・フリップが、キング・クリムゾンの一員として、ステージで演奏しているライブ映像を見たことがある。演奏していたのは、「太陽と戦慄パート2(原題の意味は『アスピック(だし汁を固めたゼリー)のなかのヒバリの舌・パート2』」という緊張感の持続する名曲だったが、これも衝撃的だった。
ロック・ギタリストといえば、首を振ったりして、なんらかのステージ・パフォーマンスをするのが常だけれど、ロバート・フリップは、椅子にすわって、無表情で淡々と演奏していた。観客に愛嬌のかけらもふりまかない。こんな人は、ほかにいない。クラシックのオーケストラの弦楽器奏者でさえ、もうすこしからだで感情を表現すると思う。
あれには、まいった。まったく、ロバート・フリップはクールだ。
(2013年5月16日)
●ぱぴろうの電子書籍!
『12月生まれについて』
ゴダール、ディズニー、ハイネなど、12月誕生の31人の人物評論。ブログの元のオリジナル原稿収録。12月生まれの取扱説明書。
www.papirow.com