2月9日は、ゴロ合わせで「フグの日」だそうだが、サッカー選手、ラモス瑠偉(るい)の誕生日でもある。
日本に多くいるであろうファンの人たちと同様、自分はラモス(敬称略)が大好きで、彼の言動にはいつも励まされ、刺激を受けてきた。彼はサッカーも上手だけれど、それ以上に人間性がすばらしく、楽天的なブラジル人のいいところと、闘魂に燃える日本人のいいことろを掛け合わせて生まれた奇跡の混血児のようだ。
ラモスは、2011年の夏に日本人の奥さまを亡くされた。それに関する彼のインタビュー記事が載った週刊誌をすぐ買って読んだけれど、つい、もらい泣きしてしまいました。まずは、お悔やみ申し上げます。
ラモス瑠偉は、1957年にブラジル、メンデスで生まれた。父親は公認会計士で、ラモスが12歳のとき鬼籍に。
家族のためにも、サッカー選手としてお金を稼ぎたいと考えたラモスは、18歳のときプロ選手になる。
19歳のとき、スカウトされ、日本の読売サッカークラブへ入団。以後、日本サッカーリーグ、
1993年、Jリーグが開幕してからは、ヴェルディ川崎、そして日本代表の柱として活躍。日本代表では、背番号「10」を背負った。
同年10月、カタールのドーハでおこなわれた、ワールドカップ・アジア地区最終予選の、対イラク戦において、後半ロスタイムで同点に追いつかれ、この最後の最後の1点によって、ワールドカップ・アメリカ大会への出場権を失うという、いわゆる「ドーハの悲劇」を経験。
以後、Jリーグ、フットサルで選手、またコーチ、監督として活躍。
ラモス瑠偉は、ほかのサッカー選手とちがう、という発見をしたことが、自分は2度ある。
1度目。
ラモスが、Jリーグ・ヴェルディ川崎時代のこと、その練習風景をテレビで見て、びっくりしたことがある。その番組の解説者やコメンテイターはひと言も触れなかったけれど、技術レベルがほかの一般の選手たちと、ぜんぜんちがうのである。
サッカーには、ボールを地面に落とさずに、足やひざ、頭、肩などを使って、ポンポンと宙に保ちつづけるリフティングという練習がある。そのテレビ放送された練習では、ヴェルディの選手たちがそろって、そのリフティングをやっていた。ヴェルディといえば、当時のJリーグの顔で、顔の売れたスター選手がたくさんいた。で、みんな、カメラを意識し、ボールを落とさないことに精一杯といった感じでボールをようやく扱っていたのだが、ラモスはちがった。ラモスだけは、足先でボールを右回転させてけり上げ、つぎに逆に左回転させてけり上げ、今度は前回転、また逆回転、と、ぜんぜん余裕で、ボールとたわむれている感じなのだった。
仏国のジダンや、ブラジルのジュニーニョのリフティングも同じような余裕の遊び感覚だが、そうした一点を見ただけでも、ほかの選手たちとの技術的な差が一目瞭然なのだった。
「すごいなあ」
自分は、ため息をついた。自分は、サッカーどころ静岡県の磐田市出身で、子どものころはサッカーボールをよくけっていた。小学校時代は市内大会の優勝チームのメンバーの一員だった。でも、リフティングはたいして続かなかった。なので、ラモスのような「できる人」を見ると、もう反射的に最敬礼してしまうのである。
2度目。
いつのころだったか、2000年代に入ってからだったと思うけれど、朝日新聞が、サッカー元日本代表選手のインタビュー記事を、日替わりで連載したことがあった。
趣旨は、「ドーハの悲劇」をふり返って、というもので、1993年、ドーハの対イラク戦で、あと一歩というところでワールドカップに進めなかった日本代表チームの当時のメンバーに、毎日一人ずつ、そのときをふり返って、語ってもらおうという企画だった。井原正巳、三浦知良など、当時の日本代表メンバーが、毎日そのコラムに登場した。
そのコラムで、みなそれぞれ、当時の心境や、思いだしたくないとか、いまでも悔しいとか、いろいろ語っていたのだけれど、ラモスだけは、いうことがぜんぜんちがっていた。ラモスの語ったところは、おおよそこういう意味だった。
「イラクの選手はみな高い技術をもっていて、まとまったいいチームだった。イラクの代表チームは、当時の国情もあって、ワールドカップのアジア地区予選では、いった先々で不利な審判を下されることがすくなくなかった。しかし、彼らはそんな不公平な試合のなかでも、文句をいわず、黙々とフェアプレイを続けた。ドーハでの試合の結果は残念だったが、試合が終われば敵も味方もない、友である。あの後、イラクの選手たちがどうなったか、心配である。向こうは戦地。あのときの代表メンバー同士を集めて、また試合をしたいけれど、日本は同じメンバーが集まったとしても、イラク側は亡くなった選手もいるのではないか。とても心配している」
と、そういう旨の内容だった。
ここに自分は、ラモス瑠偉という人のふところの深さを、あらためて知り、仰ぐ思いだった。
彼は、その精神性において、高いスポーツマンシップを獲得した、真の国際人なのだ、ということがよくわかった。
(2013年2月9日)
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