先日、TOLAND VLOGさんのこの動画を真似して、古代シュメールの痕跡を探しに「フィールドワーク」なるものに出掛けてみましたランニングラブラブ(ちょっとほったらかしていて、これは今年初めに書いた記事ですあせる)


出掛けた場所は、TOLAND VLOGさんでも紹介されていた東京都町田市「鶴川」というところ。

TOLAND VLOGさんによると、鶴川の「鶴」という文字は、フェニキアの王、ヒラムが統治していた都市「テュロス」→「ツール」→「鶴」と音が変化したものらしく…

今も「真鶴」などの地名としてあちこちに残っているそうで…

後期に上陸した出戻り組(大和族)に攻められて従った初期出戻り組のケルト民族は「物部」となり、「鶴」を印としたそうです(従わなかった人たちは山に追われて「鬼節分」となった)…

関東では、「鶴川」という地名があるそうです。

そして、この「鶴川」には、「鶴見川」があり…(ツルツルだらけ爆笑)

その周りにもシュメール、フェニキア、ケルトの痕跡が散りばめられていましたガーンスゴイ!

なので…

フィールドワークには、ここに出掛けてみることにしましたランニング

まずは、大物主がお祀りされているという「三輪椙山(すぎやま)神社」へ…

大物主は、初期出戻り組ケルト民族である物部の祖…

物部、ケルト民族の痕跡があるのかも!?

↓椙山神社拝殿


そこにはなんと物部の印である「鶴」が飾られている…びっくりあせる
そして、お祀りされているのは、物部の祖である「大物主」

大物主「ニギハヤヒ」と同一人物と言われていて…


「ニギハヤヒ」は、正統竹内文書によると、日本の初代統一王で…

そして、「アメノホアカリ」というユダヤの名前も持っていたそうです。



ユダヤの名前を持っていたということは、「日本出戻り組」ということ?キョロキョロ
(初期の出戻り組が、イスラエル十部族(国津神・多神教)で、そのずっとあとの出戻り組がユダ二部族(天津神・一神教)と言われている…)ケルトは、どうなったの?(-_-;)ウーン

その大物主が祀られている三輪椙山神社

何か色々とても重要な意味がここにはあるような気がします…無気力

ここ三輪椙山神社は、奈良の大神神社の御神体である「三輪山」と形が似ている山があったので、大神神社の御神体をいただき877年清和天皇の平安時代に創建された…と、由緒書きにありましたが…

でも、ちょっとおかしい気もします無気力

三輪山みたいな形の山なんて、日本中どこにでもあるだろうし、「似ている」という理由だけで大神神社から勧請なんてされるでしょうか?

何かもっと他の理由があったのでは…?

おそらく、奈良の大神神社とは、古代の昔からずっと深い繋がりがある土地だったから、奈良の大神神社の末社として三輪椙山神社が建立されたのではないでしょうか?

その深い繋がりが書けないから、「山の形が似ている」なんて訳のわからない理由で誤魔化している!?

そして、奈良の大神神社と三輪椙山神社の深い繋がりのカギとなるのが…

三輪椙山神社拝殿の後ろにある「三輪山」!?

この神社は不思議な神社で…

拝殿があって本殿がない。

つまり神様の居場所は、この拝殿裏…ということになります。

いつもながら、邪魔くさい拝殿のせいで、せっかくの三輪山がよく見えない…

わざと隠している?

悪意を感じる…(-_-;)







写真では、分かりづらいのですが、かなりのまっすぐの急勾配で、自然に出来た山とはとても思えません。 

そして、頂上まで行くと今度は同じような急斜面の下り面がある…

これは、もうピラミッドではないのかな?と、思ってしまう…あせる

ピラミッドというと、イメージがエジプト風に引っ張られて、想像が固定されてしまうのであまりこの名前は使いたくないのですが…

つまりは古代の人たちが置いた、でっかい要石…と書いた方がより本物にイメージが近くなるでしょうか?

私は、常々不思議に思っていたのですが…

物部氏って、「もののふ」の語源になるほど強い勢力だったはずなのに、蘇我氏には負けるし、中臣氏には負けるし、そしてどんどん追いやられて弱い立場になって…

なのに、なぜ三輪椙山神社のような物部系の神社を天皇に建ててもらえたのか?

不思議です。

でも、この邪魔くさい拝殿の後ろにある大きな三輪山を見ていると、このお山を封じ込めるために、つまり古代の日本を治めていた物部の力を封じ込めるためにこの神社が建てられたのではないか?と、思ってしまいました。

この神社がなければ、三輪山に注目が行き、「あ!これはなんだろう?」って秘密を深掘りしてしまう人が出てくるかもしれない…

古代の力の秘密がこのお山にはある…!?

そして、その古代の力の復活を何よりも恐れている人たちがいる…
(余談ですが、忌部物部氏と藤原氏はとても対立していたらしい。
藤原氏は、何とかして物部氏を壊滅させようと躍起になっていたとか…藤原氏は、物部を恐れていた!?)

そして、そのお山の秘密を隠すように立て看板のごとく立派なお社を置いておけば、皆そちらの方に目がいく…

三輪山の方には意識が向かなくなる…

これは、物部のために建ててあげたお社ではなく、逆にその力を封じ込めるために建てられたお社なのかもしれない…

このお山の力…

絶対に知られてはならない秘密とは、何なんだろう無気力

そう思うと、そういう意味で秘密を隠蔽するためにピラミッドの前に建てられたお社が日本中にいっぱいあるのかもしれない。

そして、そのピラミッドは、なんと三輪山の近くにもう1つありました。

それは、全国でも数少ない…

「月讀神社星空





月神信仰は、シュメール最後の王「イビ」が祀っていた神様。

こちらの神社では、毎月「新月」にはみんなで集まりご祈祷されるそうです。

「新月」は、ペトログリフでも、フェニキアの人たちが刻むとても重要なマーク。
(新月(星を見るのに明るいと邪魔なので)に星を見ながら航海するので、船乗りのフェニキア人にとって、とても大切なものだった。)

そして、この神社のある川崎市麻生区は、昔、忌部氏(ユダヤのレビ族と言われている)が中臣氏に権力闘争で負けて、この地に落ち延びて来た所だそうで、忌部氏はここから朝廷に麻を献上していたといいます。

阿波徳島の忌部氏と同じ!びっくりあせる
(この前の大嘗祭でも忌部氏より「麻布」が献上されたという…)

この神社は、お山の前ではなく上に建てられていました。

やはり、とても急勾配で不自然なほどまっすぐな斜面…

人口的…(^o^;)

こんなご近所に、いきなりそそりたつ2つのお山…

謎です。

でも、初期出戻り組が古代日本に来て、鶴見川を遡り、この三輪の地に来てピラミッドを建てた…というのは間違いないのでは…と、妄想してしまいました。

このお山の力を古代の人たちは、どうやって使っていたのか?

それが、分かればすごいことになりそう…

多分…

UFOの操縦の仕方と似ているのかもしれない…

操作の仕方は、いたってシンプル…

動物や虫や水や石やモノにも意識があって…

それらとお話出来るようになれれば、このお山の力を呼び覚ますことが出来るのかもしれない…

昔、忌部氏は祭祀の仕事をしていたといいますが…

祭祀は、自然やモノとお話をするのが仕事だったのかも!?

それを、藤原氏は徹底的に潰して、「モノに意識なんてあるわけないじゃん┐( ̄ヘ ̄)┌バカじゃないの~」という意識を私たちに植え付け、このお山の力から私たち日本人を必死に遠ざけているのかもしれません。

…と、色々妄想が膨らみました(^o^;)

ペトログリフは、見付かりませんでしたが、ここ鶴川は古代のロマンがいっぱいの土地でした。

今度またゆっくり探索してみたいと思いましたニコニコ音譜