娘が一番苦しいのは分かってる。


でも、私も苦しい。


土日は家で娘のそばに居られると思う反面、


やる気のない娘が目に入るのも

耐えられなくなる。

そして、余計な一言も出てきてしまう。


意識を背けよう。

自分の好きなこと思いだそうとして、


ある先輩ママさんのコメントで

ノートに家の間取りを楽しい気持ちで書かれていたと。


そうだ。

私も好きだった。


私も好きを取り戻そう。


私、子供の頃から
新聞広告とかの間取りを見るのが好きだった。

神社仏閣にいっても、
木造の構造ばかりみてる
変な女子だった。

でも、回りに建築系の人もいなかったから
そっちの方向への進学も微塵も思ってなかったし、

そもそも数学も美術も苦手だったので
文系しか頭になかった。

でもね、
新卒のとき、
地元の小さなゼネコンに就職して、
そこから設計補助の仕事を希望したんだけど。

まあ、バブルの名残が残ってる
よい時代だった。
建築業界もまだまだ忙しく
設計も人手足りてなかったから
文系卒の私でも
CAD使うから出きるでしょ❗️
って、
技術系に混じって
補助として気軽に配属されたんだけど…

分かるか‼️‼️


鉄筋コンクリート造中心、
専門用語とびかう、
ワケわからん。
締め切りありまくり。
皆さん忙しくて、私の教育どころでない。

困った。

そこで、
先輩が
学校で使っていた
建築の基礎の教科書貸してくれたんだ。


まあまあ必死に読んだ。
実務と平行だから頭に入った。

ブラック企業なんて概念がない時代。
出来るまでが当たり前。
設計フロアは不夜城と言われた。
完徹も二回あった。
若かったから出来た。

で、数年頑張った後に
遠距離恋愛中の旦那に呼ばれて
県外に行ったため
その会社は辞めたけど。

感謝しかない。

その後は、小さな設計事務所に10年以上お世話になり、
そこに席をおきながら
出産も育児もさせてもらえた。
経験をつんで、
二級建築士も取らせてもらえた。

色々とあって、
また次の工務店にいくけれど、
感謝しかない。


次の工務店は
お客様とのやり取りがあり
土日出勤があり
三年ほどいたけど、
長男が荒れたりして
辞めた。

社長もこれまでの職場とは違い
好きになれなかったから。

でも、そこでは太陽、風、断熱気密っていう
これからの住宅設計に必要な
3要素を学んだ。

で、最終的に今の設計事務所。
やっと出会えた最後の職場にしたい場所。

人間的にも
みんな好きだし
融通を効かして下さる。

でも、仕事は忙しくて、
毎日、所長の頭から繰り出される手書きのプラン図を見て、
そこからCADで3次元化したり、
法規をふまえて実施図面書いて、申請業務に振り回されている。

今の職場は最高です。
でもね、所長の年齢を考えると
あと10年持たないかもしれない。

私はあと13年働きたい。
この歳で次探すなら
もう少し
スキルUPしとかないと。


で、プラン力UPを目標にした。




まずは
自分の家を将来
愛犬家住宅に立て替える妄想から、
プランニングを考えてみる。


まあ、日頃からCADばかりだから
そこは愛嬌。


こんな母を
娘にも見てほしい。

50過ぎてもまだまだ目標はたてることができる。

大学なんて
入り口でしかない。

悩むな。