8月3日付けでオニュさんのファンクラブからメールを頂いた。
「こんにちは、ONEW OFFICIAL FANCLUB <JJINGGU JAPAN>です。
いつもONEWへの温かい応援誠にありがとうございます。
このたび熊本県で発生した地震により、被害に遭われた皆様に、謹んでお見舞い申し上げます。
熊本にお住まいのJJINGGUの皆様、ご自身の安全確保を最優先に、一日でも早く平穏な日常が戻りますことを心よりお祈り申し上げます。」
はい。
ariは、その「熊本にお住まいのJJINGGU」の一人です。
お見舞いのお言葉、有り難うございます。
お陰様でariは無事です。
地震の2日後、ariのブログに来て下さった皆様、
ひょっとしてもしかすると、
熊本在住のariのことをお気にかけて下さったのではないでしょうか。
だとしたら、本当に有り難うございます。心よりお礼申し上げます。
震災時、ariはサクラマチクマモトという
熊本市の中心部にある大きな商業施設の3階にいた。
広くなったフロアにさしかかる少し手前の通路で、
にわかにあちこちから警報音のような音が聞こえだし
その直後から急に建物が揺れはじめた。
次第に揺れは強くなり、近くの物に掴まらないと立っていられない。
幸い周りには頭から落ちてきそうなものは無く
ariは立ったまま少し落ち着いて周りの様子を見回していた。
多くの人達が近くにあったソファーに座ったり、しゃがんだり不安そうにしていらした。
パンフレットを並べたラックが倒れ、床に散らばった。
「これはいよいよ南海トラフ地震?日向灘沖?」
その時は、まさかまた熊本が震源だろうなどとは全く思っていなかった。
ちょうど10年前、ariは前震震度5強と本震6強の揺れを体験した。
6強の時は、深夜だったので寝ていた布団の上に座ったままの状態で
不器用に飛び跳ねるカマドウマのように斜め上方に何度もぴょんぴょんと弾んだ。
震源の深さ10キロ。直下型の縦揺れに弄ばれながら
あ、ariはもしかしてこれで死ぬのかな?などと初めて考えていた。
あの時聴いた遠くから徐々に迫ってくるズシンズシンという地鳴りや
自宅の飾り棚からガラスの破片が滝のように流れ落ちていった光景は、いまだに忘れられない。
停電、断水、ガス使用不可。止まない余震。車中泊。行列の銭湯。ボランティア・・・・。
今でも時折思い出す。
それでも、時は4月半ば。
まだ少し肌寒いことはあっても、東日本大震災のような雪の降る寒さではなく
津波の心配も無く、深夜という時間帯のため火災も起こらず。
それだけでもまだまだ、熊本は幸運だったと思わなければいけないと思った。
不幸中の不幸に見舞われた方がたくさんおられた中で
ariは確かに幸運だった。
あれからちょうど10年。
いろいろなところで、当時を振り返る展示や、
あらためて震災遺構を訪れるツアーもあったり。
いまだ、至る所に手のつけられていない道路の亀裂だの、でこぼこだのあっても
熊本城は多くの方々の努力によって、ちゃくちゃくと修復が進められ
あの地震はこのまま、順当に遠い思い出になっていくものと思っていた。
しかし、違った。
さて、話を今に戻すが
さしあたりariが出かけていたその建物には特に損傷はなかったようだったので
ariは直後にその1階にあるバスセンターに降り
本当に運良く10分ほどでバスに乗れ帰宅できた。
その1時間半後ぐらいにバスが運休になったことをあとで知った。
バスの車窓からは建物から出てきた多くの人達が通りに溢れているのが見えたが
特に通りに面したビルの窓ガラスが割れていたり、
損傷しているような建物は遠目には見当たらなかったし
路面も目立った亀裂があるようにも見えなかった。
なので思ったほどの揺れではなかったんだと都合良く安心していた。
一体何が起こったのかについてはとても知りたかったが
携帯がバスの中でひっきりなしに鳴っても困るので、
帰宅するまで我慢してわざと携帯の電源を切った。
オートロックで鍵が開いたので、
電気系統は大丈夫だなと思いつつ自宅に戻ってはじめて愕然とした。
なんと、我が家の家具の中で最も大きな飾り棚が
リビングいっぱいに頭からつんのめる形で倒れていたのだった。
10年前の震度6強でも転倒はしなかった飾り棚がかなり無惨なことになっていた。
その後、家族も渋滞に巻き込まれ大幅に時間がかかったものの、無事に戻ってきた。
この家は電気が止まると水も止まる。なので電気が止まることを一番怖れていたが
幸い電気は止まらなかった。
ariは10年前にもしたように、すぐさま風呂に水をため、
台所で手当たり次第、飲み水を汲んだ。
頻繁に余震がある中、また前回のように本震が来て
今度こそまた水も電気も止まることを怖れたからだった。
10年前のことも今回のことも、書き出すととりとめが無い。
しかも、新たなこの状況はまだ現在進行形だ。減っては来たものの余震は続いている。
この酷暑の中、住む家もライフラインも命さえも奪われた方々がいらっしゃる中で
冷房のついた自宅の部屋の中でガラスの破片を片付けるほどのariの不幸など
1ミリも不幸には当たらない。
むしろ、自分のことばかり今こうしてやっていて良いのだろうかと
心がじれて落ち着かない。
自らも被災しながら家族を置いて懸命に職責を果たしておられる方々がいる。
そうした人達のおかげで、誰かの命が繋がれている。
人の優しさや善意や勇気や使命感や責任感。
生きていてもこういうときほど強く感じることはないかもしれない。
今、被災地にはたくさんの名も無き地上の星が降り注いでいて
空には汗や涙の天の川が掛かっている。
詐欺だのデマだの面白がっている暇があるのなら
この光を見に来たらいい。
眩くて恥ずかしすぎて
誤魔化し笑いすらきっと出来ないだろうから。
10年前、どこを向いても「地震」「震度」「被災」「被害」などというワードが飛び交い
ACのCMばかり繰り返されていた頃、テレビでariが無性に見たいと思ったのは
なぜかお笑い番組だった。
10年前は今回よりも遙かに余震が激しく
揺れるたびに毎回心臓がきゅっとした。
だから、あの時のariは、笑っている時間だけでも怖さを忘れたかったのだと思う。
人吉出身のウッチャンの励ましの言葉には笑いながら泣いた。
今回もきっとどこかで同じような思いを感じている方がおられるかもしれない。
で、ariが何を書きたかったかというと
今月18日にariの好きな「東京03」の単独ライブが熊本で行われることになっていて
これはariの初お笑いライブ参戦なのである。
チケットを申し込んだ頃、まさか今、熊本がこのようになっていようとは
想像出来るはずもなかったのだが、
生かされたこと、出かけられることに感謝しつつ、笑わせて頂きに行こうと思う。
心を緩めて笑うこと、つかの間でも楽しいと思う心を取り戻すこと
それは本当に大切な時間だと思う。
求める動機はどうあれ、エンタメとはそもそもそういう時間が必要になった時にこそ
本来の力を発揮したり使命を果たせたりするんじゃないかとariは思う。
18日を楽しみにしている。
そして。
行きます!
もちろん行きますとも!東京体育館!!
その時期の日本は、例年運が悪ければどっさり台風が来たりするので
今からそれはとても気にはなるけど
「行くことが出来る」という幸せを大切に思い
行きたくても行けない人、行けなくなった熊本JJINGGUのことも心にとめながら。
オニュさん。
どうかいつもと変わらない笑顔で、またステキな歌を聴かせて下さい!