だいぶ時が経ってしまった。
魂はその後、徐々にariのもとに戻ってきたが、
いかんせん当時の記憶に関しては、たいして戻ってこなかったところがariらしい。
まあ、でも、
二日分の多幸感だけは、今でもしっかりと残っている。
10月4日と5日に行った日本武道館でのオニュライブ「PERCENT」。
もはやかなり今更な話になってしまった。
前回、初めて行ったファンコンの席があまりに宇宙の最果てみたいな場所だったもので
ぶつくさとみっともなく文句をたれていたariだったのだが
今回は一転、4日は1階の比較的見やすい席で、5日はなんと、アップグレード席が当選して
一気にアリーナの前の方の席に座れることになった。
初めてエントリーしたアップグレード席。
その第一希望に一度で当選するなんてことは
くじ運の悪いariには正直アリ得ないと思いながら、
ハズレを決め込んで応募した、にもかかわらず。
何事もやってみなければわからない。
今回、といっても、今までがどうだったのかはariは知らないが
ファンクラブを通じてチケットを得るための必須条件が
スマホの所持とany passというアプリのダウンロードだった。
猜疑心の塊のようなariは、内心スマホは非常に危うい機械だと思っているし、
ましてや、この手のアプリも正直あまり信用していない。
なのでその条件を見るやいなや
「じゃ、いいです!」と踵を返すというのがこれまでのariの基本姿勢だった。
なんでもスマホ。なんでもアプリのインストール。
そして個人情報の登録、パスワード設定。なんならクレジット番号もよろしく!
際限なく用途が拡大していくスマホ至上主義みたいな世の中の仕組みについては
確かに便利な面があることは認めるが、ariは山ほど文句を言いたい。
何度も何度も自分の個人情報をネット上に書き込むたびに
昔の人が抱いた「写真を撮ると魂が抜かれる」的な脱力感に襲われるのだ。
個人情報の保護とか言っている割に、逆に最も危うい場所に
自ら自分の個人情報を強制的に垂れ流させられているような、そんな感覚だ。
スマホ社会。
電車に乗ってもバスに乗っても、みんながみんなスマホを見ながらうつむく光景は異様だ。
その異様さに目をつぶることは構わないが、
この当たり前のようにサクサクとスマホを使いこなしている若者達が
やがて70・80代のアタマになった時、
果たしてその時代に売り出されたスマホを今と同じように
サクサクと扱えたりするものだろうか。
高齢にならなくても、今現在すでに取り残されている情報弱者は多分少なくないはずで
何もかもスマホの中に集約したがる風潮の中、スマホを扱いきれない、もしくは経済的に
スマホを所持できないといった人達に対しての対応策は
どれほど十分に準備されているのだろうか。
正直、ari自身、スマホがいろいろと息苦しい。
誰かに文句を言うわけにもいかず、いつぞやパソコンのアイ君(AI君)に向かって
しこたま不満をぶちまけてやったら
ariの剣幕に恐れを感じたのかアイ君、何回かのやり取りの末、終いには
「確かにまだまだ考えるべき問題があります」的なことを言い出してお茶を濁してきた。
う~む。アイ君。キミ、まだまだだね!
なんか、変な方向にすっかり話がそれてしまった。
ariの基本姿勢の話のその先の話にもどる。
しかし、今回の相手は他でもないオニュさんである。
ダンサーさんを伴ったオニュの最初の「Animals」のステージを動画で見て以来
これは絶対に生で見ようと心に決めてしまったというのに
たかがアプリなんぞに阻まれて、人生を損して良いのか、ariは?!!!
結果的にはなんの問題もなく、こうしてariはチケットをゲットするに至ったわけで。
多少の勇気と我慢と達観があれば、世の中、大抵のことはクリアできる。
(いやいや、あんなに文句を言っていたくせに、なに偉そうに言ってんだか)
で、しれっとライブに話を戻すと
4日は双眼鏡を使いながら、
5日はバッチリと肉眼で、ほぼ同じセトリのライブを見たのだけど・・・。
もうね。
生きてて良かったです
。
同じライブを連続で何回も見るのってどうなのかなって前は思っていたけど
ライブって言うのは言葉通り生き物で、
衣装も替わるし見る場所によって見えるものも違ってくるし
特に今回は生まれて初めてのアリーナ席で
なんか花びらやら、キラキラやら風船やらいっぱい降ってくるし。
肉眼で表情まで見える距離でオニュさんが歌ったり踊ったりしているのを目の当たりにして
ああ、この人って本当にこの世に実在してたのか、とか
動画で見てたのと同じ人だわ、とか
まるで初めて飛行機に乗った人が窓から地上を見て必ず思う
「地図と同じじゃん!」的な
夢のような現実の再確認というおかしな感慨に溢れたariだった。
そして、なによりも。
マイクを通してariの耳に直に届いた彼の声は
他のどんな録音の音源にも勝り
これも、その場に行かなければ味わえない、説明しようのない感動で。
彼の歌声は本当に、なんでこんなにと思うほど心地よかった。
最終日、アンコールで両耳がロップイヤーみたいにたらんと垂れた
フワフワの白いウサちゃんリュックを背負って出てきたオニュ少年。
歌い終わってスキップでセンターからメインステージに戻っていくと
ウサちゃんリュックの耳がぶらぶらと揺れて、お客さん大喜び。
みんなの歓声に気づいたオニュさん、さらにその場で耳を揺すって見せ
それからメインステージの奥まで行き、振り返って一言。
「これって完璧に、可愛いフリじゃ~ん!!」
みんな大爆笑。
公演2日目のオープニングの時に来ていたセーラーカラーに半ズボンも
「可愛いふり」と言っていた、来月満36才になるオニュさん。
うん。だよねえ・・・・。
オニュさんも内心、この格好は自分の年齢にそぐわないのではと
思っているのだろうけど、「可愛い自分」をファンが喜ぶことも知っている。
大丈夫よ、オニュさん。似合うんだから。
それにしても、
「~じゃん」というヨコハマ弁まで使いこなすオニュさん、さすがです。
とりとめもなく、脈絡もない話だが
今度、日本でかつての日本語カバーを歌ってくれることがあったら
ariは、「やさしいキスをして」を熱烈リクエストしたい。
で、今回のミニアルバムSAKUの中でariが一番好きな曲は、
ちょっとライブでは歌いにくそうだけど「Beautiful Snowdrop」でした。
オニュさんが日本語で歌うと、
歌声そのものに韓国語の曲とはまた違った魅力が感じられる。
勿論、歌声と同時に歌詞の意味がariに伝わるからという、
そういったことにも大いに関係はあるだろうが
なんというか、パッチムや濃音や激音や有声音化がある韓国語と比べると
日本語というのは、全体的になんだか少しのっぺりとしたイメージがあって
声量のある力強い声をまっすぐに伸ばした音が魅力的なオニュさんの歌唱には
日本語はとても似合っている気がするのだ。
まあ、どこの言語だろうと歌詞やメロディーの作りによって聞え方は違ってくるから
これは単にariのイメージでしかないのだが。
もし同感だと思って下さる方がおられたら、ちょっとうれしい。
オニュさんは、目下、世界中を笑顔で遊泳中である。
オニュさんの笑顔を見るたび、ariは「宿善」という言葉を思い浮かべる。
宿善は仏教用語で、ウィキペディアでの説明を借りると
「宿善(しゅくぜん)とは、宿世の善根の意味。即ち過去前生に植えたる善根のこと。宿因、宿縁、宿福なども同一の意味で使われることがある。」
ariは、遠い昔にある人から「女性の笑顔は宿善になるんだよ」と言われたことがあり
何故に女性限定で笑顔が宿善になるのかはいまだに謎だと思っているのだが
カメラに向かって、周りの仲間達に向かって、ステージの上でファンに向かって
疲れた足で空港から空港へと移動するときでさえ、彼を見送ってくれるファン達に向かって
無防備なほど、オニュさんはいつもいつも笑顔をみせてくれて
歌いながら、踊りながら、柔らかい笑顔を浮かべるオニュさんの
この笑顔は見ている人も笑顔にしてくれるから
まさしくこれは、宿世の善業に値するものだよなあとariは思ったりする。
それがたとえ職業に徹し、努力して作っている商業スマイルであったとしても
それはそれで構わない。
ただ、笑っているときの彼が本当に幸せな気持ちであって欲しいとは思う。
オニュが今まで作り続けてきた赤いポパイの缶詰には、
もうどこまでも高く飛べる自信や経験という羽がパンパンに詰め込まれていて
「In The Whale」の歌の中を泳いでいたクジラは
今はもうどんなに激しい波が来ても力強く海を渡り、
遙か遠く、あの頃想像も出来なかった深い場所へと泳ぎ続ける。
一層逞しくなったウサギクジラが再びここに戻ってきたら、
「お帰りなさい」を言うために、必ずまた会いに行こう。