体調絶好調なのに、ロンサーフ効いていないと言われました。

CTの画像では、小腸の狭窄がかなり進んでいて、食べれて、排便もあると言ったら、主治医が驚いてた。

この状態だと、消化管穿孔のリスクがあるから、アバスチンもスチバーガもお勧めできないから、治療終了ですって。

 

いきなりすぎるわあ。

 

でも、ホントに体調上向きだから、本人が全く信じてない。

体調絶好調なのに、ロンサーフ効いていないと言われました。

CTの画像では、小腸の狭窄がかなり進んでいて、食べれて、排便もあると言ったら、主治医が驚いてた。

この状態だと、消化管穿孔のリスクがあるから、アバスチンもスチバーガもお勧めできないから、治療終了ですって。

 

いきなりすぎるわあ。

 

でも、ホントに体調上向きだから、本人が全く信じてない。

死ぬかと思った8月がウソのように元気です。

死ぬかと思った8月、そうめんと身体中の脂肪と筋肉を使い果たして生き延びたけど、100m歩いても息切れするほど体力が落ちた9月、イレウスで、緩和と看取りを考えた10月。

 

イレウスの緊急対応を地元の総合病院にお願いしてからイレウス起きていません。

イレウスっぽい腹痛は2回あったけど、ひどくなる前にロキソニンの坐薬を使って30分くらいすると7〜8時間痛みがおさまり、その間に腸が動き出してことなきを得ました。

相変わらず腹水で妊婦状態ですが、ロンサーフが効いているのか、もの凄い下痢が3日くらい続いたからか、一番腹水が溜まっていたときの腹囲89センチだったのが、今82センチくらいになりました。

たくさん食べるのが怖くて食べられず、腸の動きが止まるのも怖くて、下痢止めも飲めずにいたのですが、10月最終週からなぜかいきなり我慢できないくらいの空腹に襲われるようになり、どうかすると、夕食前にラーメンほぼ一人前食べて、その3時間後くらいにはお腹が空いて、夕食も普通に食べたりしてます。

たくさん食べるせいか、超快便!下痢ではありません。食べてもほとんど体重は増えません。がんが食べてるのかな?

痛みはあるけど、痛み止めでコントロールできる範囲です。

ロンサーフの影響で貧血がひどいことが影響しているのか、歩いたり、階段上ったりするのはしんどいけど、8月のことを思ったら動けるようになり、快適な終末期を迎えられるよう、ものを捨てたり、模様替えをしたりしてます。

 

死ぬかと思った経験が生きているのか、身体の声を聞くのがちょっと上手になった気がします。たくさん食べられて、痛みがなくて、朝を迎えられるのが本当に幸せです。

来週CTです。この治療が続けられますように。

この幸せが、1日でも長く続きますように。

 

 

ここはがんセンターなので、入院している人は基本がん患者です。

今までは、手術のための入院で消化器外科、抗がん剤治療のための入院だから、薬物療法科、とか、病状に共通点のある人が同室になることが多かったのだけど、今回は緊急入院だったせいか、2回とも呼吸器外科病棟への入院になりました。

 

そのせいという訳でもないのだろうけど、再入院も合わせてだいたい2週間の入院期間に、衝撃的な事態に3回遭遇した。

初回の入院2日目くらいだったか、隣のベッドのおばあちゃんが、ナースコールの線を首に巻いて、意識混濁の状態になって、看護師、当直のお医者さんが飛んできてバタバタと対応し、その後ベッドごと別の病室に運ばれていった。そのおばあちゃんは、看護師さんに体調を尋ねられるたび、身体のどこかしらの痛みを訴えていた。

その2日後くらいだったか、今度は夜中にバタバタと廊下を看護師さん達が走り回る足音と、「〇〇さん、わかる?」という呼び掛けと、ドクターらしい人の指示を飛ばす声が聞こえてきた。しばらくすると院内放送でEMRをその病室に向かわせる指示が入り、さらに病棟内は騒然とした状況がしばらく続いて静かになった。

そして今日、また隣のベッドの人が「気持ちが悪い!発作が起きそう!助けて!!」と看護師さんに訴え始めた。冷や汗が出る、胸が苦しい、気持ちが悪い、胃が痛い、腰が痛い、と自分の体調の悪さを延々と看護師さんやドクターに訴え、パニックになったのか、「こんなに苦しいなら死にたい」と言い出した。前の入院のとき、ナースコールの線を首に巻いた人が寝ていた場所だったし、なんだかいたたまれなくて病室を出た。しばらくして病室に戻ると、看護師さんが荷物を運んでいるところに遭遇し、その人は病室を移動したと教えてもらった。

 

他人事じゃないんだよな。誰も死んだ経験なんてないもの。怖いよね。どんなにそのときのことを想定して、どんなに準備しても、想定外のしんどい事態が起きるかわからない。イレウスで痛みが収まらないだけで、理性とんだもん。私、小心者だもん。

 

終末期の現実を垣間見る気がした、今回の入院でした。

土曜日退院直前、便秘気味でイヤな腹痛があったのだけど、土曜日だから人も少なくて、うまく相談できないうちに退院。案の定、その日の夜から痛みが始まり、日曜日、再入院となりました。

こんなに続いてイレウスが起きるのは、単なる癒着じゃない可能性が高いと言われました。播種が小腸を塞ぎつつあるということです。主治医はストマやバイパスを作る手術についても外科と相談してくださったようですが、腹水の量が多いので、手術はできない、と言われたとのこと。

 

治験の前、オキサリプラチンが効かなくなり、治験のため1か月休薬している間、数回イレウスっぽい腹痛があり、絶食で痛みが収まるのを待っていた経験があるのだけど、それに近いか、もっとちょっとしたきっかけで腸の動きが止まる感覚があります。がんが腸壁に貼り付き始めているのでしょうか。治験が始まったらウソのようにイレウスっぽい症状が止まったので、やはり播種には効果があったのだと思います。ロンサーフが効いて、その進行をゆっくりにしてくれる可能性を信じるしかありません。

 

完全に腸が閉塞したら、食べることはできなくなり、高栄養点滴になるそうですが、腹水のコントロールのために、十分な量を入れることは難しい可能性が高いとも言われました。

 

むむむ…。今のうち筋肉をできるだけ戻すこと、自分の免疫力を下げないような生活をすること、身辺処理も、優先順位をつけてやっていかないと!がんばれ私!!

夏休みの宿題は、始業式の前日にしかやらなかった私。ギリギリにならないと動かない性格は変わらないものです。

 

再入院のとき、送ってくれた夫に、「最期は自宅で看取ってほしいから、準備しようと思っている」と話したら、あっさり「準備しとくに越したことはないね」と言われました。彼は彼で思うところがあるのかもしれません。

イレウスの痛みと格闘すること丸4日、やっと飲水可になったと思ったところに38.5度の発熱。白血球が少ないことから、感染症の疑いあり、と言われ、抗生剤投与と血液培養検査が入りました。

血液培養の結果は大丈夫だったので、白血球減少によるものだろう、と言われて初めてグランの皮下注射を2回受けたのに、まだ十分上がらなくて、2回追加。さらにヘモグロビンの値も6を切ったままだったので、輸血をすることになりました。

これで数値が落ち着けば退院です。やれやれ。

 

先程主治医がきてくださって、ロンサーフの副作用もろに受けたね、と言われました。体感的にはなんともないや、って感じだったのに、自覚できない副作用、怖いです。次回から減薬しての治療になります。

 

腹水はずっと溜まったまま、腹囲は80センチくらい?

妊婦状態がもう2か月近く続いています。でも食べられるし、長距離歩け、とか階段駆け上がれ、と言われたらムリだけど、家事やデスクワークには支障ないくらいの体力あるし、元気なつもりなんだけど、結構綱渡りの体調なのかもしれません。

 

今後絶対しなくてはいけないこと。看取りについての家族との話し合いです。

コロナ禍、入院したら、家族と自由に会うことは不可能です。

父ががんで旅立ったそのときは、家族全員が病室にいて、最期にありがとうと言う父の声を聞くことができました。

もし今回私の感染症が重篤なもので、敗血症でも起こしていたら、と考えると、本当に怖かったです。

 

家族に看取られたい。そう考えるなら、準備が必要です。訪問診療してくださるホームドクター、緊急時の対応ができる地元の病院、緩和ケア病院。それから?

夫は、お前は治る、治って自分より1日長生きをする、と言い、そんな話をするのをとても嫌がります。でもそんなこと言っている場合じゃない。

仮に夫が言う通り、がんが治ったとしても、いつかはお互い最期の日を迎えます。私の看取りの希望と、家族の思いは共有しておかないと。

 

でないと、お互い後悔すると思う。どうしてほしかったのかな、とか、あれしとけばよかった、とか、そういう思いを家族がしないように。私自身の思いもまとめておこう。自宅で最期を迎えるために、どんな準備が必要か、情報を集めよう。

 

忙しいなあ。仕事してる場合じゃないな。

 

 

 

治験終了、ロンサーフ1クール目の休薬期間ですが、イレウスで緊急入院。

ようやく排便あって、復活かというタイミングで熱発!

抗生剤点滴始まったけど微熱下がらず、ポート入ってる腕の近くにシコリ出現!

イレウスで絶食、体力落ちているところで、骨髄抑制ピークというバッドタイミング!

最悪退院できぬ可能性も…

 

先週、末娘の結婚式を家族だけでこじんまり済ませることができました。コロナ禍だけど、私のこと考えて、最速のタイミングでやってくれました。

式をしてくれたリゾートホテルの計らいで、1年後の無料宿泊券をプレゼントしたから、そのとき渡すメッセージを書いてほしいと言われていたので、病院に便箋持ってきてもらい、大急ぎでメッセージを書きました。

そのついでに、他の家族へも、初めて手紙を書きました。疲れた〜!

 

やはり末期がん患者。今日の元気が明日も続く保証はない!

 

このまま退院できなかったら、と思ったらやり残したことが山ほど思い浮かびました。

このまま死んだら家族も死ぬほど困りそう。

仕事の仕方変えます!

 

ロンサーフあんまり効いてる気がしないけど、今回は絶対退院するぞ!!

 

抗がん剤の減量を繰り返し、1日の投薬量が治験の最小量で落ち着き、食欲も動く気力も戻ってきました。

むくみは相変わらずだけど、触れるところにあるがんのしこりがなくなるほどに小さくなって、効果を実感していたのですが、先日のCTの結果、腹壁のがんは縮小しているものの、今までなかった肝臓にいきなり新しい腫瘍が5個も出てきて、治験終了を告げられました。

この治験に入る前、1か月の休薬があり、治療が始まってさらに副作用がひどくてさらに6週間、1週間飲んで1週間休薬という状態だったので、治験薬が効いていないのではなくて、投与がきちんとできていない間に肝臓の腫瘍が目に見える形になっていて、これからそれも縮小の方向に向かうのではないか、と思い、粘ってみたのですが、新しい腫瘍ができた時点で、治療を続けるデメリットの方が大きいと言われ、素人の悪あがきは聞き入れられませんでした。

次回からはロンサーフとアバスチンの標準治療です。アバスチンも蛋白尿の副作用があり、診察時の蛋白尿の値が3+だったので、1週間空けての開始となりました。

 

今まで治療の選択について、説明に納得して進めてきました。でも今回に関しては、治療の選択が限られているという思いがあってなのかどうかわかりませんが、この治療を変更することに直感的にすごい抵抗感がありました。そこで翌日、コーディネーターに電話をして、もう一度検討してもらうことはできないか相談しました。結果は、主治医の意向が正しいという説明を繰り返されて終わりました。なぜこの治療にこだわるのか、とも聞かれ、そりゃ治したいからです、と答えると、「治る必要があるの?」との答え。どんなに進行したがん患者だって、助からないかも、と思いながら、それでも1日も長く、元気で生きていたいし、治せるものなら治したい、と思って治療を頑張ってる人が大半だと思うのです。私もその中の一人。そんな私に、なんでそんなことが言えるんだろう。最後には「そんなに納得できないのなら緩和のナースに話を聞いてもらったら?」と言われました。

 

このコーディネーター、最初から好きになれないタイプだと思っていました。緩和のナースも同じ雰囲気があって嫌いだけど、情報源として緩和のナースとはつながっておきたいと思っていろいろ相談してきました。二人の共通点は、私の言うことは聞いてくれず、自分が伝えたいことだけを話すというところです。素人の患者が話すことなんて、確かにエビデンスはないでしょう。特に私の場合、診断がついた時点で多発転移で腹膜播種もある状態だから、とっくに死んでいても当たり前、4年も生きていること自体奇跡と言っていいと自分でも思っています。それでもまだまだ生きていたい。そう思う気持ちを聞いてくれないのです。二人は正しいことを言う。でも、私が聞きたいのは、正しい言葉じゃないんだ。正しくなくても、叶わないことかもしれないけど、そういう思いがあることを受け止めてほしいのに、二人ともそこだけは絶対に受け入れない。そんなことを言ってる時間があるなら、死ぬ心の準備をしなさい、と言われているように感じてしまう。

 

職場で同僚に結果を伝えたら、「えー、いやですー!困る!まだまだ聞いてほしいことや教えてほしいことがいっぱいあるのに!!」と言われ、ちょっと泣きそうになりました。

休薬して、減薬してリスタートした途端、血圧が急上昇、下痢は1日7〜8回、食欲がどんどん落ち、ムリして食べるとイレウスもどきというか、気持ち悪くて吐いちゃうし、下痢止めようと下痢止め飲むと、腸の動き自体が止まって食べ物ますます受け付けず、1日食べたものを合わせても、通常の一食分の半分くらいしか食べられず、腹水が溜まり始め、ゾウみたいに足が浮腫んで、クロックスも痛くて履けず、ベッドから起き上がる気力も体力も無くなって、廃人みたくなっていました。

さすがに家族も心配して、食べられるものを少しは食べないと、と言ってくれるのですが、「食べなきゃいけないのは、私が一番わかってるし、一番食べたいと思っているのも私!」と半泣きで逆ギレする始末。

 

がんって、がんが原因で死ぬことの方が少なく、最終的に徐々に衰弱して死んでいくとセカオピの先生か誰かに聞いたのを思い出し、今がまさにそうじゃん!とやっと思い当たってコーディネーターさんに電話、先週金曜日から休薬になりました。そこまでいかないと自分の身体がわからないというのも困ったものです。どんだけ我慢強いのでしょう。さすが昭和女子です。

治験に入る前の4週間、抗がん剤を止めていたのですが、やはりその間にがんは大きくなっていったし、治験が始まって、触れるところにあるがんが小さくなっている自覚があったので、休薬したくない気持ちもあったのだと思います。

 

休薬の結果、昨日の朝シャキッとベッドから起き上がり、いきなり洗濯し始め、いきなり久々の空腹を覚え、いきなりほぼ普通に3食食べてしまいました。やっとブログを書く気力と体力が復活!!一昨日とは別人です。

 

昨日は人間ドックの日だったので、放射線を使わない検査だけ受けてきました。医師の診察で、「結構な心雑音があるから、大きな病院で心エコーを受けるように」と言われました。がんセンターでも、前回の心電図に異常があるから、再検査と言われていたのを思い出しました。抗がん剤の副作用だと思うけど、治療が中止にならないことを願うばかりです。

木曜日診察でした。

服薬開始から,ものすごい下痢!お腹が張って、パンパンで、腫瘍の疼痛も強くて、初めて処方されたオキノーム飲んでも全く効かず、怠くて疲れやすくて息苦しくて、横になると,気がついたら寝ているという廃人的生活していました。がんになってから,こんなしんどいのが続くのは初めてです。

 

検査結果、尿タンパクが3+!今週1 週間休薬になりました。

しんどかったことをコーディネーターさんに伝えると、そんな酷い下痢で,尿からタンパク出てたら、辛いのは当たり前、休薬したらタンパクも下痢も落ち着くから大丈夫,と言われました。

 

この治験は世界中で同じ条件で実施されていて、初回の投薬量も,体重などに関わらず,20ミリからスタートで、欧米の巨漢も,私みたいに体重50キロもない人も,同じ量飲むことになっているとのこと。副作用が強い場合は徐々に減薬するというルールだそうです。体重何キロの人が,どのくらいの投薬量が適切か、もこの治験で明らかにするということみたいです。ホントに実験です。

 

休薬に入り、体のしんどさは全く違って、下痢は若干残っていますが、痛みも軽減しました。お腹が張っていたのは,ガスだったようです。

 

がんが腹壁にある部分は、触るだけで結構な痛みがあり、表皮の色が徐々に赤茶色っぽくなってきているのですが、投薬が始まった翌日の朝、いつもほどの痛みがありませんでした。こんな早く効果あるわけない,と思いつつ、お腹の写真を毎週撮って比較してみることにしました。

今日で先回の写真撮影から1週間。写真撮って比べてみました。

結果、なんと,変色している範囲がひとまわり小さくなっていました!びっくり!

 

1週間の変化の意味を今評価することはできないけど、毎週写真を撮り溜めようと思います。