久しぶりに雪がうっすらと積もった今日は私の41歳の誕生日でした。
2010年にドイツに引っ越したから今年でドイツ生活も9年目に突入です。
約、人生の四分の一をドイツで過ごしたことになります。そう考えるとやっぱり時の流れは速く、日々の忙しさに翻弄され、色んな事を反省したりしないといけないのに出来ていなかった8年間だっと、なんだかマイナス思考になってしまった誕生日でしたが。
そんなちょっぴり鬱々傾向だった誕生日ですが、息子が私の誕生日のために前日から夫と「ハッピーバースデー」の歌をこっそり?(聞こえまくりでしたが。。。)練習している様子はどんなプレゼントよりも温かく、柔らかい気持ちにしてくれました。
で、誕生日当日の今朝は練習した成果をいつ発表してくれるのかと心待ちにしていたのですが、息子、「おはよう」と言ったきり歌う気配も、「誕生日おめでとう」ということも無く、シーーーーーーン!
3分ほど待っても歌わず。。。
夫の様子を見ても、せっせと朝ごはんを作り、息子はおもちゃで遊びだし、全く!全く!気づいていない!
いつ歌うんだ~~~~!
と、だんだん悪い癖でイライラしてきた自分。
ついに、夫に目配せをする始末。
で、鈍感な夫は「アッ!」と朝食の準備を止めて、息子にこそこそ耳打ちし、息子も「アッ!」と。
数秒後
「はっぴ~ば~すで~とぅ~ゆ~」を歌ってもらいました。笑
歌う練習したのに、当日歌うのを忘れるなんて、親子そろって似なくてもいいところ似てきました。
だんだん、自分の誕生日に特別感をもつこともなくなってきましたが、それでも、普段よりは自分の事を考える良い機会であることは以前と同じで、その考える内容が子どもの育て方や、仕事をこれからどうしていこうか?将来の事、日本にいる家族のこと友人のこと、9年前の日本にいた頃の自分とは明らかに考える事が毎年変わってきていることに、今、自分のライフステージの色々な節目がポンポンと発生していて、そのスピードが速すぎてついていけないときがあります。ま、今のところ、なんとかやっているという感じです。汗
「子どもの成長は早い」と私がまだ子どもを持つ前に周りの先輩や姉たち、親が言っていた意味が、息子や娘が幼稚園、保育園に通って母親である私以外の大人と接する子どもたちを見て納得できるようになって来ました。
自分の腕の中にいた小さくて、柔らかくて、ほんのり甘い香りがする子どもたちの様子すら今はもう遠い過去になりつつあるのも時の流れの速さを痛感します。ただ、体は大きくなっても生まれたときと変わらない所が体の中には一つあることに気づいたんです。
それは、目です。
目だけは生まれたばかりのときのままで、笑っても、泣いても、かんしゃく起こしても、その目だけは生まれた当時のままなのがとても嬉しくて、ずーーーーっと見つめていたくなります。
今日から41歳、子どもの変わらない目に癒されながら、また、新しい一年を後悔しないように精一杯生きていこう!
そう、思えた誕生日でした。