にくじるのブログ -3ページ目

にくじるのブログ

今だにどこに日記を書こうか悩みながら何も考えてない人のブログ。
にわかにディープなのでスルー推奨。

発端は彼が営業職に変わりそこそこ成功してボーナスが100万とかガンガン入ってくるようになったところにある。

急に羽振りがよくなり、投資を持ちかけられているというような話をすることもあった。
態度がおかしいと感じたので、会社を休み「家族としてちゃんとやっていく気があるかどうか」を聞いた。

「あんまり…。お前といると禿げるから家族を解散したい」

ホームレス中学生かよ・・・。

 

ホームレス中学生 ホームレス中学生
400円
Amazon

 

ハゲが原因で離婚とか理由としては面白いけれど、そもそも老化による自然現象を私のせいにされても困る。

 

 

「子育てとかむいてなさそうだし、国外で仕事してみたいとか言っていたこともあったし、そもそも合わなかったんだと思う。犬が卒業したら出ていってもらえると…」

へ?子どもは?

「それは次の人にでも面倒見てもらって」

ハァ?!(バカなのか?いや、バカになったのか?)
好きな人ができたとかは離婚理由として成り立たないんだよ。相手はいくつ?20代とかじゃないでしょうね。

否定されるのが嫌いな彼に対して、否定するよりも相談や提案という形態をとることが多いし、彼も素直な人だからその方が話が早い。

「いや、違う。なんで20代はダメなの?」


35くらいまではまだマトモな人と付き合って結婚して子どもを育てるチャンスがあるから、この年代に手を出すのは卑怯だと思う。

「俺、若い人あんまりすきじゃないんで40・・・」


はああああああ!!!!ババァじゃねーか!!!(自分を棚に上げて言ってみるテスト)

その後何度か話をしたところ、結婚した当時から合わなかったけれど我慢していたとのこと。

私たちはある会社で上司と部下で知り合った。上司と部下で付き合っていると利益相反になるのでどちらかが別の部署に異動しなくてはならないし、そもそもタブー。

それなのに私が妊娠したから、会社には体調不良ということで退職して専業主婦になった。端的に言えば、彼のキャリアを伸ばすため自分のキャリアを潰した。


私は気がつかなかったけれど、彼の不満は3,4年前、会社から彼が戦力外通告を受けるタイミングがあり、「そろそろ仕事がなくなるかもしれないから働いてほしい」といわれた頃から始まったんじゃないかと思う。

仕事を始め、それまで専業主婦で家のことと育児、旦那の面倒を見てたのが、仕事をするようになり、平日の朝は子どもの勉強を見て、土日は子のお稽古の送迎や家事、一人で家事と育児と仕事が回らなくなって、洗濯と犬の散歩をしてもらうことになった。


国外出張だって行くし、もちろんない時間をうまく使って友達や新しくできた会社の同僚と遊びに行くこともあった。
それも不満だったようだった。
 

そして、家と光熱費とカード代などは彼が払い、私は食費やら子のお稽古代やら教育費などを出していたのだけれど、私が家に入れている金額を明確にしていなかったことも原因かもしれないが、自分ばかり損しているとそんなようなことを言っていた。

 

彼が全て中心でないことがなにもかもの不満だったのかと思う。かなり、大事にしてる方だったんだけどね。

暴言を吐き、嫌がらせを続ける彼に対し、私は怒鳴るでもなく、泣き叫ぶでもなく、妥協点を模索し、いつもと変わらぬトーンで淡々と、「貴方の言い分は道理が通っていない」ということを具体的、論理的に伝えた。
さらに、その後起こりうるリスクについても色んな人の立場で、丁寧に説明を何度もした。子育てがとても重要なので、再構築、および妥協案を何度も提示したのだけれど、どうにも交渉に応じない。

話をした時には、理解しているようには見えても会社に行って帰ってくるとリセットされて帰ってきて、もう法律や社会的な常識すべてが通じなかった。悲しいもんだね。

子は「アンナの入れ知恵だな・・・」と泣くでもなく、Switchでマイクラをやりながら言う。

 ※アンナ…「僕のヤバイ妻」に出てくるコーヘー君(夫)と結託して嫁を殺そうとがんばる愛人役

 

 

私「洗脳星にいってしまった・・・これはもうダメかもわからんね。これだけは譲れないというものはある?」

 

 

子「バレエができれば他はどうでもいい」

 

私「わかった」

離婚をしないという選択が大前提だったのだけれど、離婚しないなら、出て行って養育費を出さなと言うので、「いやいや、婚姻費というのがあってだな・・・」と話をしたものの埒が明かないため、いよいよ脳の病気かと思い「話を進めるまえに、脳ドッグを受けてみないか?」という提案もしてみた。

 

 

言うことはやはり聞かなかった。

その後、養育費を5万渡すと言っていたので元となる情報ソースを探したところ、裁判所の「養育費算定表」を見ていたのだろう。週明け、チキンレースに乗ることを決めた私は会社に退職届を出した。

表にある妻の収入を0にするためだけに。


転職して2ヶ月終わったところ、せっかく得た新しいキャリアパスを即日棄てたことに彼は困惑しつつ、「仕事をして金を稼ぐしか脳がないくせに」と私に言った。
私に嫌がらせをするのは無意味などころか、むしろ分が悪くなると思うのだけれど、暴言をはけるってすごいなぁと他人事のように思っていた。もっと賢い人だったからとても残念だったけれど、洗脳されてしまったら仕方がない。

私はどちらかというと感受性が豊かな方と思うけれど、自分の行動を決定づけるのは心の奥に住む客観的で理論的なもう1人の自分。感情をつかって人の心に訴えた方が伝わるだろうにとにかくこれが強い。


「再就職をしたらやり直せるんだろうか」と聞いたらそうしようと思うというので、口先だけ、転職先を探す約束をした。

弁護士センセに相談したら、離婚して親権をとるためは仕事を持つことが大事というので、母子家庭でも働けるよう、エンジニアでないポジションで仕事を探すことにした。
仕事が見つかるまでの間は貯金を崩し、家をなるべくシンプルにして、そこから何ができるかできないかを考える予定だった。

そしたら2週間くらいで次の仕事が決まってしまった。

 

「仕事が見つかったんだけれど、やり直せるの?」と聞いたところ、「離婚する」という。

話が違うけど想定通りの答えだった。
「子どもにやりたいことを続けさせるため、表の0ベースで養育費を保証しないのであれば、会社から出た契約書を棄てて、仕事も離婚もしない。出ていって婚姻費を支払わないならば、裁判所経由で給与の差し押さえをさせてもらう。そこには住宅ローンは考慮されないと思う。
養育費を保証をするのであれば、家の名義と債務引受をしてもいい。」どうする?

Deal!

方向性が決まった。発覚から2ヶ月半くらい。早っ・・・

結婚はたった紙切れ一枚の契約で、相手への思いやりが無くなった時点で愛や精神的な繋がりは無意味となる。

時代はサブスクリプションモデルだ。憎み合い、自分の感情をぶつけながら、契約不履行に関する不満や裁判で戦う事より、子育てというプロジェクトを成功させる際のビジネスパートナーとして自分が何をすべきなのかそんな事を考えて本を読んだ。




諸々の手続きを終え、新年早々公証役場へ。第1号です!とのこと。

 

ちなみに、この記事を書いた7月より実際のローンの債務引受が始まります。




去年12月のある日、それまでも幾度となく学校に行きたくない言っていた子が、「明日から学校に行かないと決めたから」と宣言した。

本人曰く、いじめられているらしい。


8月から新しい一歩をあるこうと転職をした矢先に、夫が突然「お前といるとハゲるから家族を解散したい」と言い出したことから始まった崩壊のセレナーデ。

あらゆるものが重なり、おそらく子からしたら、おまえら親が勝手にするなら自分も我慢はしないというメッセージだったのかもしれない。

 

私は要領が悪く、保護者会に参加しても途中で帰りたくなったりするくらい社会不適合なので、子が低学年のときは私よりも数段普遍的な夫が学校の会合には出てくれていた。それもいつしか仕事が忙しいといった理由で行かなくなったと思う。行ったとしても、何かを察するようなタイプではなかったから何も気づかなかったかもしれない。

 

低学年の頃にも、子から「時間のムダだから学校に行きたくない」というのは幾度となく聞いていたけれど、私も学校組織に適合できて楽しめたタイプではないし、遊ぶ友達もいるようだったので、「学校は、給食と体育をしにいくところでもいいんじゃないかな、いろんな子がいるからある程度は仕方ないよ」なんて言って大して取り合っていなかった。そして、よほどの事がないかぎりは学校という組織に口出しもしてこなかった。(言うだけ時間の無駄だから)

 

登校拒否宣言の前から学級崩壊しているという話は本人から聞いていたけれど、程度については知らなかったし、私が見に行く時に限って席替えとか結構どうでもいい内容だったので普通の時の状態がわからないままだった。

子が「やりたいことがあるのに、学校にいっていじめられたり、怪我したりする気はないし、授業もないところに行く時間がもったいないから行かない」と言うので、とりあえず、学校で話を聞いてから今後については一緒に考えようと話をして、PTAの臨時集会に行った。

 

結構な緊張感で父兄の半分以上と、担任のみなさんが学級の状況について話していた。

論点は、暴力沙汰や授業妨害が絶えないので、カメラを設置するという話だった。

 

私には何も変える気のない人たちが集まって、困った困ったと言っている用に見えて、動画撮影を抑止力として使うと言い出したのが引っかかっていた。

 

(設置だと、SDカード抜かれるだろうし、リアルタイムだとストリーミングじゃないと意味がないような・・・)

 

黙って見守る予定でいたのに、「何をもって良い、悪いの判断をするのか、また、学級崩壊の証拠が取れたとして、次にどうするかのアクションが決まってないなら録画しても無駄じゃないですか?」と言ってしまった。特定の問題児の親に見せるのがゴールというのでは解決すると思えなかった。

だって、そういう子の親はこういう集まりには来ないものだから。

 

すると、あるお母さんがゆっくりと、喧嘩が絶えず、消しゴムを別の子の口に突っ込んだり、家庭科の時間も走り回っていて、授業時間にさえ危険が伴っているひどい状況だということを話してくれた。

 

なるほど…。

アクションプランに疑問は残るものの、状況を知るということの意義があることは理解できた。

動画の結果をどう判断するか、何のプランもないけれど「とりあえず」何かをしたがる意図は分かった。

 

会合の帰りに校長室に立ち寄り、子が登校拒否宣言をした事を伝えた。校長先生から本人と直接話しをしたいと言われたので、約束の時間を決めて、子にそれを伝え、次の日、子は校長先生と話すために学校、校長室に手ぶらででかけた。

 

校長先生は、子に対して「1日2時間クラスに出れば残りは校長室で教えてあげるから学校にこないか」という提案をしたようだった。しかし、娘が「クラスで授業がないという状況が解決しないかぎりは嫌な思いしかしないから行かない」と拒否した。校長先生は担任の先生に支持し、子の友人達を校長室に呼び出し、登校を説得するために使ったが大人の思うように子は動かない。

 

そんな状況を念頭において、母としてのどう問題解決をしていくかを考え行動を起こす事にした。

ひとまず校長先生への嘆願書を書いて、学校のクラスに関する3つの提案を行い、教育委員会宛ににもクラスの状況と臨時のクラス会での議論についての報告書を出した。

 

校長先生への提案の内容は以下の通り

1. 授業を受けたい子たちのための新たなクラスを作ってほしい

2. 別のクラスに転籍させてほしい

3. 1も2もできないというのであれば転校ささてほしい

 

現実的には私のように正面から習わしを破壊する人はいない。これまで何人も引越しすることや、私立編入など様々な理由をつけてはその小学校から転校していたけれど、他の父兄がクラスのどうにもならない状況と、そこにいなければならない我が子を思い半泣きで現状に耐えている姿を知った以上は、自分と子だけ問題解決できればいいっていう訳にはいかないかなと思いできることをしっかりやってみようと思った。

学級崩壊と登校拒否 Part2 に続く

ライブがすごくよかったものだから、そこも書きたいのだけれど大長編になるのでとりあえず握手会の方を。

 

終演後も緊張してトイレにいったりするなど、普段あまりトイレに行かないのに、この日はトイレにばかり行き、食事も喉を通らず、ライブで温まった体の温度は下がる下がる。普段、誰と会うといっても緊張することはほぼないし、石井さんのことも2列目くらいでは見たことがあるから大丈夫・・・なんて言い聞かせたけれど、好きすぎるんでしょうね、緊張モードに入ったら全くダメで、喉はカラカラに・・・

 

待ち合わせ場所に行くと準備が整ったらいざ、出陣!みたいなことになっていた。

プレゼントの手渡しができるということなので、何か映像にまつわるものがいいなぁと思ってスマホスタビライザーを選んだ。

会社のインド人が持ってて、お手軽にヌルヌルした動画が撮れるので面白い。

本来、女子力に割り当てるべきパラメータをうっかり実用に割当てしまったけれど、どんまい。

 

会場に戻り、客席部分の椅子に番号順に座り、片付けられていくかわいいセットを見ながら、石井さんを待ちつつ、上の空のガールズトークをしていると、「用意ができたのでこちらへ・・・」と撮影のために残されたセットのあるステージに呼ばれる。

コケないようにだけ集中してステージに上がると、衣装を着たの石井さんが正面に立ち笑顔でどうぞ、とセットの方に誘導してくれた。

めちゃくちゃスタイルが良い、肩幅があって顔が小さくてうつくしひ・・・・(鼻血)

 

プレゼントを渡すときに、何か言おうと思ってたことが何も言えなくて、「はて・・・?私がもってきたコレは何って名前だっけ・・・」みたいなど忘れをした。

石井さんが「ワインですねどうも!」とボケて和ませてくれていても、言葉が出てこない。こういうときに、たぶん「This is a pen.」とか言いたくなるんだな・・・と往年のドリフを思いつつ、優しげな石井さんをただ見上げるだけしかできなかった。

「ワインにしては軽いよね」とご自身にボケを拾ってもらうなど・・・。(反省)

 

座っての撮影なので、石井さんの斜め前椅子に座ると、「椅子のポジションをもっとこっちに」と石井さんの指示があり、スタッフさんが椅子を動かしてくれて、座りなおす。私が緊張してるのを察して、「肩を抱きましょうかと、それともXXXXX」とちょっとえっちな事をおっしゃる石井さん。

緊張しすぎてて、何と返事したか、しなかったかも全く覚えてない・・・。たぶん、「はい」くらいしか言えてない。(私はなんてつまらない人間なんだバカバカ!)

 

石井さんの温かい手がコチコチ、ヒエヒエの私の肩にやさしく触れると、手も繋ぎましょうかとおっしゃって、つないでもらいました。

なんていうんでしょう、「恋人繋ぎ?」でしたっけ、以前石井さんがおっしゃってた繋ぎ方。右手は石井さんの左手と、左手は石井さんの右手と指と指が絡まるような感じの。生きててよかった。

西野カナに負けずに震えた。むしろメルケルくらいに震えた。低血糖じゃないかと思ったくらい震えた。

 

あれ?右手は肩をだかれてたような気もするので、石井さんの手の数が合わない気がすう。それとも、知恵の輪みたいになってた?

カメラの場所や、撮影ということが飛んでしまったので、たぶん、目が半開きとかになってんじゃないかな。私もサングラスにしておけばよかった。

 

最後にお礼をいってもういちど握手をしていただき、階段から転げ落ちないように丁寧にステージから降りて、外に出ると日常に戻るために車に飛び乗り、めっちゃDriver's High。それでも、「来世でまた会おう Yeah!」 という訳にはいかないから、少しずつ、感受性レベルを落として大人としてすごす日常の自分に戻る。


ふと、娘の手を引いたり、老犬に腕枕をしてやったり・・・はあるけれど、手を繋いでもらう感覚を忘れていたなぁと改めて思う。

人として、忘れてはいけない感情を思い出させてもらった気がしました。


手を繋ぎまくるぞ!愛し合いまくるぞ!・・・という訳にはなかなかいかないけれど、忘れちゃいけないよね。

 

そして、リハーサル、ライブでお疲れのところなのに、ここまで心遣いができるプロってすごいなぁと。

リハ見学とか撮影会とか、ライブ前後のプロのお仕事を見せてもらえた事で、キャーキャー手放しで、楽しかったのはもちろん、

いつも楽しいライブの安定感を支える仕組みを知る貴重な体験ができて、自分の心の中で宝になっていく感じがしました。

 

石井さん、企画してくださってるスタッフさんに感謝です。

そして、私ももうちょっと丁寧に仕事をしたほうがいいな・・・なんて思いました。