人種も宗教も多様なアメリカ、食べ物に対する価値観も非常にバラエティーに富んでいる。
ベジタリアン=肉、魚など動物性のものを食べない人
ビーガン=肉、魚に加えて乳製品や卵も食べない人
ピスカトリアン=ベジタリアンに近いけど魚は食べる人
というのがざっくりとした区分けで、あとはチキンは食べるけど赤身の肉は食べないとか、オーガニックにこだわるとか、ローフードとか、もう挙げだしたらキリがないのだが、こういった自分独自のregimen(食養法)をもっているのはまったく普通のこと。
一般的に、アメリカの食事は高脂肪で不健康なものが多い。教育を受けている人ほど、正しい食事や栄養素に対する知識があって、そういうものを選択するという側面もある。なので、私が住んでいたニューヨークや今いるサンフランシスコでは、食に対する意識が高い人が多い。(サンフランシスコは本当にFoodie(食通)が多い街で、みんなほんと食べ物といいレストランの話が好き)
私も過去数年間いろんなスタイルを試してきた。NYにいたうちの1年半くらいは完全にビーガン。サンフランシスコに引っ越して来てから、魚と乳製品もありにして、そのあとなんでもありの期間もあり、肉はやっぱりあんまり好きではないので自然と食べなくなり、今またそれプラス乳製品も抜いている。
よくどんな変化が体に出るのか聞かれるのだが、自分に合わないものを食べないととても体が楽になる。にきびが出なくなるとか、くまがなくなるとか、睡眠が深くなるとか。あくまで自分に合わないものを取り除くことなので、万人にとってビーガンがいいとは限らないけど、もともと日本人の食生活にあったものではないから、うまく消化できない人が多いのではと思う。
そう思うとこれからもこのままビーガンでいいじゃんと思うのだが、ライフスタイルとか友達づきあいとか考えるとどうなんだろうと思うことがある。
ビーガンの良さを知ってしまうと、例えば友達のうちのパーティーとかに呼ばれてビーガンじゃないもの食べると思うと、それなら行かないほうがいいか~という考えがよぎったりする。正直こういう考えは付き合いのいい普段の私からは考えられないことで、食に対する考えのライフスタイルへの影響にびっくりしてしまう。ビーガンの人としかつきあわないというのも私の価値観に本来反する。パーティーに行かないというのもありえない。それでも足が遠のいたりするから、気をつけてフレキシブルにしないとなと思う。
ところが、普段クリーンに食べていると、たまに自分の体に合わないものを食べるとテキメンに体調が悪化する。頭やおなかが痛くなったり、熱が出たり、肌が荒れたり。そういうのを経験すると、フレキシブルにするのも勇気がいったり。
たかが食べ物、されど食べ物。考え方やライフスタイルにも大きく影響するだけに、これからもそのときそのときに合わせてスタイルの探求は続くんだろうと思う。
The definition of growth is deeper understanding of the world.
今朝ぼーっとバスに乗って通勤していたときにふと頭に浮かんだこと。
私にとっての成長の定義は世界をより深く理解すること。
過去のあるときの自分と比べて成長を実感するのはどんなときなんだろうとぼんやりと考えていた。出来なかったことが出来るようになったとき?同じような状況に直面して、違う反応ができたとき?自分の年齢を意識して大人な行動がとれたとき?
ここ数年、特にアメリカに来てからいろいろなことに対して今までと違った見方をするようになり、あ~そういうことだったのか~という理解が進むことを多く経験している気がする。
その理解も最終形じゃなくて、また違った経験から、あ~そっか~そういう側面もあるのか~と理解が深まっていくから終わりがない。
結局、仕事も遊びも人間関係も、それを通して自分を含む世界を理解するための経験なのだと思う。
2013年も色んな経験を通して、世界の本質 をもっと深く理解していきたいと思った。
今朝ぼーっとバスに乗って通勤していたときにふと頭に浮かんだこと。
私にとっての成長の定義は世界をより深く理解すること。
過去のあるときの自分と比べて成長を実感するのはどんなときなんだろうとぼんやりと考えていた。出来なかったことが出来るようになったとき?同じような状況に直面して、違う反応ができたとき?自分の年齢を意識して大人な行動がとれたとき?
ここ数年、特にアメリカに来てからいろいろなことに対して今までと違った見方をするようになり、あ~そういうことだったのか~という理解が進むことを多く経験している気がする。
その理解も最終形じゃなくて、また違った経験から、あ~そっか~そういう側面もあるのか~と理解が深まっていくから終わりがない。
結局、仕事も遊びも人間関係も、それを通して自分を含む世界を理解するための経験なのだと思う。
2013年も色んな経験を通して、世界の本質 をもっと深く理解していきたいと思った。
海外で仕事をしていると、日本の知り合いからは「かっこいいですね」とか「言葉も違うなか仕事なんてスゴいですね」とか「自由でいいですね」とか、とかくいいイメージをもたれることが多い。自分でもここが好きだからここに住んでるし、日々の生活は文句なく楽しい。
でもその国の言葉が完璧に話せる状態でいないことで感じるネガティブな感情というのもある。
私の場合は仕事をしていて「一人前に扱われてない感じ」が常につきまとっていた。
- 英語ができないからあのプロジェクトを任せてもらえなかった。
- 自分より経験がないのに、英語ができるだけで自分より大きな仕事をまかされている同僚がいる。
- コミュニケーションが命のHRという仕事を英語が母国語でない自分がやっていること自体間違っているのかも。
- なんかすっごい場違いな場所にいるかも、自分。
etc. etc.......
この手の感情は一度抱くとどんどん広がって、関係ないところまで浸食していく。
上のように思っていることが、自分の中では確固たる事実、だと思っていたのだけど、ふとしたことで「あれ、思い過ごし?」と思うようになり、自分の中のネガティブに事実をねじ曲げて解釈する癖を認識するようになった。
きっかけの一つは仕事とはまったく無関係のことで、絶対クロだと信じていたことが、勇気をもって確認したらシロだったということが続いたこと。
それから会社を辞めて行く人たちのなかで、勝手に自分で劣等感を募らせて、本当は感謝されているのにそれを受け取らずに周りを憎んで辞めていくタイプの人たちを見てきたこと。
ネガティブな部分をピックアップしてそれを膨らませていくと、自分への自信も育たないし、外に発散するタイプの人は勝手にうらみつらみをディベロップさせていく。
そういうのを客観的に見たら、自分が信じ込んでいるネガティブな現実は事実ではなくて、自分が世界を見るフィルターがネガティブに変換させてるだけなんだと思うようになった。
そう思えたら今までには見れなかったことが見えてきた。
- 自分は周りの人たちに信頼されている。
- 第二言語でがんばっていることを認識されている。
- 言葉がどうこうではなくて、応答が早いとか一度頼んだことはやり遂げてくれる、とかそういう意味でのコミュニケーションを評価されている。
- 違う国のことを知っているから広い視野で物事を見れる。
- 外国で仕事がどうとかではなく、120%楽しめている自分ってスゴい。
etc. etc...
考え方ではなくて、事実ネガティブなこともあると思っていたのだが、自分のネガティブフィルターのすごさに気づいてから、最近ではとにかくなにかネガティブに思うことがあったら、捉え方が間違っているんだなと思うことにしている。そしてこの考え方がSelf-love (自分を愛すること)なのだと思う。
I am not good enough (自分は十分でない)と思っているのは他でもない自分。
自分にとって一番優しい考え方をしてあげるというのはまさしく自分に対するLOVE!
ネガティブなフィルターで世界を見るとそこで思考がとまってしまう。そのフィルターに気づけたのは大きな一歩だったなぁと思う。
でもその国の言葉が完璧に話せる状態でいないことで感じるネガティブな感情というのもある。
私の場合は仕事をしていて「一人前に扱われてない感じ」が常につきまとっていた。
- 英語ができないからあのプロジェクトを任せてもらえなかった。
- 自分より経験がないのに、英語ができるだけで自分より大きな仕事をまかされている同僚がいる。
- コミュニケーションが命のHRという仕事を英語が母国語でない自分がやっていること自体間違っているのかも。
- なんかすっごい場違いな場所にいるかも、自分。
etc. etc.......
この手の感情は一度抱くとどんどん広がって、関係ないところまで浸食していく。
上のように思っていることが、自分の中では確固たる事実、だと思っていたのだけど、ふとしたことで「あれ、思い過ごし?」と思うようになり、自分の中のネガティブに事実をねじ曲げて解釈する癖を認識するようになった。
きっかけの一つは仕事とはまったく無関係のことで、絶対クロだと信じていたことが、勇気をもって確認したらシロだったということが続いたこと。
それから会社を辞めて行く人たちのなかで、勝手に自分で劣等感を募らせて、本当は感謝されているのにそれを受け取らずに周りを憎んで辞めていくタイプの人たちを見てきたこと。
ネガティブな部分をピックアップしてそれを膨らませていくと、自分への自信も育たないし、外に発散するタイプの人は勝手にうらみつらみをディベロップさせていく。
そういうのを客観的に見たら、自分が信じ込んでいるネガティブな現実は事実ではなくて、自分が世界を見るフィルターがネガティブに変換させてるだけなんだと思うようになった。
そう思えたら今までには見れなかったことが見えてきた。
- 自分は周りの人たちに信頼されている。
- 第二言語でがんばっていることを認識されている。
- 言葉がどうこうではなくて、応答が早いとか一度頼んだことはやり遂げてくれる、とかそういう意味でのコミュニケーションを評価されている。
- 違う国のことを知っているから広い視野で物事を見れる。
- 外国で仕事がどうとかではなく、120%楽しめている自分ってスゴい。
etc. etc...
考え方ではなくて、事実ネガティブなこともあると思っていたのだが、自分のネガティブフィルターのすごさに気づいてから、最近ではとにかくなにかネガティブに思うことがあったら、捉え方が間違っているんだなと思うことにしている。そしてこの考え方がSelf-love (自分を愛すること)なのだと思う。
I am not good enough (自分は十分でない)と思っているのは他でもない自分。
自分にとって一番優しい考え方をしてあげるというのはまさしく自分に対するLOVE!
ネガティブなフィルターで世界を見るとそこで思考がとまってしまう。そのフィルターに気づけたのは大きな一歩だったなぁと思う。
会社のような大きな組織にいると、周りの人の力を何倍にも引き出す人も入れば、周りの人の力をトコトン下げる人もいる。組織はやっぱり足し算じゃなくて、こういうところに組織論の面白さがある。
周りの人の力を引き出す人の近くにいると、周りの空気がぴりっといい感じに引き締まり、やらなきゃいけないこともサクサク片付いて、新しい仕事のアイデアが湧いてくる。自分で自分のアイデアを形にしているから、忙しくても全然苦じゃない。
周りの人の力を下げる人の近くにいると、どよんとした空気の中、その人に言われた刃のような言葉に傷つき、態度に苛立ち、湧いて来たネガティブな感情を処理することに精一杯でやらなきゃいけない仕事すら片付かない。長い間そのストレスと無意識に戦った結果、周りの人たちが病気がちになったり。立場が上な人ほど負の影響力も大きく、そういうマネージャーのことをToxic managerと呼んだりする。Toxicは有害な、という意味で危険物に張ってあったりするのだが、そういう人には本当に「近づくな、キケン!」という札でも張っておきたくなる。
誰にでも存在には価値があるはずなのに、一体ぜんたいなんでToxicになっちゃう人がいるんでしょう。
当たり前と言えば当たり前だが、そういう人にはその人自身に問題がある。ものの言い方、何かを言うタイミング、何かを言うときの表情、そういうその人から発せられる全部を相手は感じとって「信頼されてない」「respecctされてない」「嫌われてる」といったネガティブな感情を抱かせる。そのコミュニケーションはどっから来てるかというと、その人の思想であり、感情である。一時的な気分というより、その人の中長期にわたって積み重なった感情が、誰彼かまわず出てしまう。
Toxic managerと接すると一瞬「あれ、自分のせいかな。自分がなにかおかしいこといったかな。勉強不足だったかな」と思ってしまう。それはとても自然なリアクションだと思う。そこから一歩、反応した自分も受け入れつつ、自分の感情から切り離して客観視する作業はとても重要。そうやって客観視を繰り返してようやく問題の本質が見えてくる。
そうしてToxic managerの抱えている問題が見えてくればだいぶ落ち着いて対処できる。同時にどんな言葉に自分が反応したかを見ると、自分の抱えているコンプレックスや地雷も見えてこれもとても面白い。
正直Toxic managerと働くのはしんどいことのほうが多いけど、こうやってお互いハードに学んでいきながら、見るべきものを見たとき離れる機会がやってきて、お互い祝卒業になるのだと思う。
Toxic managerが部下たちをどう見ているか、というのは興味深いところ。今度聞いてみようかな。
周りの人の力を引き出す人の近くにいると、周りの空気がぴりっといい感じに引き締まり、やらなきゃいけないこともサクサク片付いて、新しい仕事のアイデアが湧いてくる。自分で自分のアイデアを形にしているから、忙しくても全然苦じゃない。
周りの人の力を下げる人の近くにいると、どよんとした空気の中、その人に言われた刃のような言葉に傷つき、態度に苛立ち、湧いて来たネガティブな感情を処理することに精一杯でやらなきゃいけない仕事すら片付かない。長い間そのストレスと無意識に戦った結果、周りの人たちが病気がちになったり。立場が上な人ほど負の影響力も大きく、そういうマネージャーのことをToxic managerと呼んだりする。Toxicは有害な、という意味で危険物に張ってあったりするのだが、そういう人には本当に「近づくな、キケン!」という札でも張っておきたくなる。
誰にでも存在には価値があるはずなのに、一体ぜんたいなんでToxicになっちゃう人がいるんでしょう。
当たり前と言えば当たり前だが、そういう人にはその人自身に問題がある。ものの言い方、何かを言うタイミング、何かを言うときの表情、そういうその人から発せられる全部を相手は感じとって「信頼されてない」「respecctされてない」「嫌われてる」といったネガティブな感情を抱かせる。そのコミュニケーションはどっから来てるかというと、その人の思想であり、感情である。一時的な気分というより、その人の中長期にわたって積み重なった感情が、誰彼かまわず出てしまう。
Toxic managerと接すると一瞬「あれ、自分のせいかな。自分がなにかおかしいこといったかな。勉強不足だったかな」と思ってしまう。それはとても自然なリアクションだと思う。そこから一歩、反応した自分も受け入れつつ、自分の感情から切り離して客観視する作業はとても重要。そうやって客観視を繰り返してようやく問題の本質が見えてくる。
そうしてToxic managerの抱えている問題が見えてくればだいぶ落ち着いて対処できる。同時にどんな言葉に自分が反応したかを見ると、自分の抱えているコンプレックスや地雷も見えてこれもとても面白い。
正直Toxic managerと働くのはしんどいことのほうが多いけど、こうやってお互いハードに学んでいきながら、見るべきものを見たとき離れる機会がやってきて、お互い祝卒業になるのだと思う。
Toxic managerが部下たちをどう見ているか、というのは興味深いところ。今度聞いてみようかな。
高校のラクロス部で出会って以来の親友であり、っつーかソウルメイト
であるHanaの初めての著書がついに発売します!
Hanaは働きながらハーバードの修士課程をこの春卒業し、秋から超難関のハーバード博士課程に進みます。公衆衛生を通して社会を良くするという強い強~いミッションを持って、最近では講演などもこなしているスーパーウーマン
これだけ聞くと超秀才のNerdを想像する人もいると思うけど、見かけはお姫様みたいな可憐な外見
とっても努力家で、心がきれいなので、周りからのサポートもたくさんレシーブしています。私は彼女に起ったミラクルをたくさん目の当たりにしているので、心がクリスタルクリアにきれいな、ミッションに忠実な子にはたくさんのサポートがくるんだなぁといつも関心しています
お互い世界中を行き来して、会って話せる機会が多くあるわけではないけど、いつも心のつながっている大事な親友です。
本の発売、心から嬉しい
おめでとうはな~~
以下、彼女のブログ より
「とうとう、初めての著書の発売日が決まりました!予約も始まっています。ハーバードで出会った人、日々、出来事について、その学びを書いた本です。よかったら読んでください。発売は9月です。」
Amazonで予約予約~!!
http://www.amazon.co.jp/dp/4860635450/
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これだけ聞くと超秀才のNerdを想像する人もいると思うけど、見かけはお姫様みたいな可憐な外見
とっても努力家で、心がきれいなので、周りからのサポートもたくさんレシーブしています。私は彼女に起ったミラクルをたくさん目の当たりにしているので、心がクリスタルクリアにきれいな、ミッションに忠実な子にはたくさんのサポートがくるんだなぁといつも関心しています
お互い世界中を行き来して、会って話せる機会が多くあるわけではないけど、いつも心のつながっている大事な親友です。
本の発売、心から嬉しい
おめでとうはな~~
以下、彼女のブログ より

「とうとう、初めての著書の発売日が決まりました!予約も始まっています。ハーバードで出会った人、日々、出来事について、その学びを書いた本です。よかったら読んでください。発売は9月です。」
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Black Eyed Peasの"Just Can't Get Enough"という曲のPVは震災直前の東京で撮影された。このPV
を見ると東京の日々を思い出す。無機質でどこか寂しさや虚しさが残る感じで、曲名の通りなにかが欠けてる、満たされない感じ。
http://www.youtube.com/watch?v=OrTyD7rjBpw
最終的にそんな虚無感に耐えられなくなって、仕事を辞め、日本を出る決意をしたと思う。20代はずっと欠けたなにかを探していたけど、なかなか見つからなかった。
最近よく海外で働きたい人と話をするのだけど、同じような思いをしている人も多くとても共感する。
そういう人たちにどうして海外で働きたいんですか?と聞くと、とってももっともらしい答えが返ってくる。過去のこういう経験がきっかけで考え始めて、海外で働くことが自分のキャリアにとってどれだけいいか、そして社会にどうやって貢献するか、等など。
素晴らしいストーリーで、まさに就職活動教育の賜物。たぶんその答えも本当なんだと思う。
でも海外に出たいって人生のなかではかなり大きな決断。大切な家族や友達から離れ、生活の基盤を変え、言語の違う、まったく別の世界に飛び出す。
それってそんな損得勘定や社会への貢献で決断できることなんだろうか。海外生活でつらいことや壁にぶちあたったとき、乗り越えられるモチベーションなんだろうか。
私も同じように理由付けしてきたから、すごく気持ちはわかる。ポジティブでロジックの通った理由がないといけないという脅迫観念があるのもわかる。転職しようとしている人にも「今の職場で楽しめない人は次に行っても同じ」ということはよく言われることで、それも真実なんだけど、嫌なもんは嫌だと言わせない空気があるのも確か。
でも、私を本当に突き動かしたのは考えただけでワクワクするような、他人には理解不能な衝動。
他人や社会がなんと言おうと自分にとってこれが嫌。こういうことをするのが好き。こういう人に囲まれて、こういうところに住んで、こんなことをしたい。自分のピュアな感情を無視してたら自分の本当にやりたいことなんて見つからないと思う。
自分がやりたいことは出来ること。出来ないことは思いつかない。もっともっと自分の感情を肯定してあげること!
と東京で悩んでいた自分にメッセージを送りたい。
を見ると東京の日々を思い出す。無機質でどこか寂しさや虚しさが残る感じで、曲名の通りなにかが欠けてる、満たされない感じ。
http://www.youtube.com/watch?v=OrTyD7rjBpw
最終的にそんな虚無感に耐えられなくなって、仕事を辞め、日本を出る決意をしたと思う。20代はずっと欠けたなにかを探していたけど、なかなか見つからなかった。
最近よく海外で働きたい人と話をするのだけど、同じような思いをしている人も多くとても共感する。
そういう人たちにどうして海外で働きたいんですか?と聞くと、とってももっともらしい答えが返ってくる。過去のこういう経験がきっかけで考え始めて、海外で働くことが自分のキャリアにとってどれだけいいか、そして社会にどうやって貢献するか、等など。
素晴らしいストーリーで、まさに就職活動教育の賜物。たぶんその答えも本当なんだと思う。
でも海外に出たいって人生のなかではかなり大きな決断。大切な家族や友達から離れ、生活の基盤を変え、言語の違う、まったく別の世界に飛び出す。
それってそんな損得勘定や社会への貢献で決断できることなんだろうか。海外生活でつらいことや壁にぶちあたったとき、乗り越えられるモチベーションなんだろうか。
私も同じように理由付けしてきたから、すごく気持ちはわかる。ポジティブでロジックの通った理由がないといけないという脅迫観念があるのもわかる。転職しようとしている人にも「今の職場で楽しめない人は次に行っても同じ」ということはよく言われることで、それも真実なんだけど、嫌なもんは嫌だと言わせない空気があるのも確か。
でも、私を本当に突き動かしたのは考えただけでワクワクするような、他人には理解不能な衝動。
他人や社会がなんと言おうと自分にとってこれが嫌。こういうことをするのが好き。こういう人に囲まれて、こういうところに住んで、こんなことをしたい。自分のピュアな感情を無視してたら自分の本当にやりたいことなんて見つからないと思う。
自分がやりたいことは出来ること。出来ないことは思いつかない。もっともっと自分の感情を肯定してあげること!
と東京で悩んでいた自分にメッセージを送りたい。
Twitterで古賀洋吉さんという方(ハーバードビジネススクールを卒業されている方)が、「海外就職を成功させている人を見ると、頭が良くて優秀とかいう人よりも、行動力があって明るい性格である人のほうが多いと思う。」とおっしゃっていて、深く共感した。
行動力があって明るい人は周りのサポートを得やすい、というのももちろんあるけど、私の周りの人の話を聞いても、もっとなんというか「ほ~そんな裏技(というか荒技w)で仕事もビザもゲットですか~!」みたいなド強運な人がたくさんいるのだ。
仕事ならなんでもいいならアメリカで働きたい日本人を狙ったブラック企業は山ほどある。
そうじゃなくて、ちゃんとしたキャリアをアメリカで築きたいなら、仕事もビザも正直運みたいなところがあるのだが、そこを「そう来たか~すげ~」みたいな方法でゲットしちゃうのが、「行動力があって明るい人」なんだと思う。
そんなすんげ~人たちと同列にするのもおこがましいが、かく言う私も前職で私を面接してくれた人がたまたまアメリカに進出しようとしていた会社に転職してて、たまたま私をLinkedInで見つけてくれて、声をかけてくれたのである。
1年遅かったら入れなかったと思うし、採用してくれた人と前職の会社で一緒に働いたこともなかったけど、1回の面接で覚えてくれててたことも奇跡だと思う。ビザでお世話になった移民弁護士の方にもHRという職種でビザをとるのは難しいと言われていたけど、ありがたくもとれてしまった。
そんな確率論でいったら不可能とか挑戦するのは時間の無駄、みたいなことに「いや~私には一般論とか通用しないしw」と心底信じて己の道をさくさくと楽しんで進んでしまう人にはミラクルも起りやすいということ。一般論は一般論。そんなものに自分の人生をあてはめてしまうのは本当にもったいない。
よくアメリカで働きたい人に相談されるのだが、本当はアメリカで就職したいけど、それがどれだけ難しいことか延々と語られると「おぉ、そうか」としか言えない。自分が心の底から信じてることが実現するんだから、それがその人の信じていることということで、それを人が変えることはできない。
要はおのれを信じ、人生を楽しむことに貪欲であること!これが海外就職のコツかなぁと思う。
(*ちなみに海外で就職できたからといってエラいわけではさらさらなく、日本にその人の活躍の場が用意されていることもたくさんある。)
行動力があって明るい人は周りのサポートを得やすい、というのももちろんあるけど、私の周りの人の話を聞いても、もっとなんというか「ほ~そんな裏技(というか荒技w)で仕事もビザもゲットですか~!」みたいなド強運な人がたくさんいるのだ。
仕事ならなんでもいいならアメリカで働きたい日本人を狙ったブラック企業は山ほどある。
そうじゃなくて、ちゃんとしたキャリアをアメリカで築きたいなら、仕事もビザも正直運みたいなところがあるのだが、そこを「そう来たか~すげ~」みたいな方法でゲットしちゃうのが、「行動力があって明るい人」なんだと思う。
そんなすんげ~人たちと同列にするのもおこがましいが、かく言う私も前職で私を面接してくれた人がたまたまアメリカに進出しようとしていた会社に転職してて、たまたま私をLinkedInで見つけてくれて、声をかけてくれたのである。
1年遅かったら入れなかったと思うし、採用してくれた人と前職の会社で一緒に働いたこともなかったけど、1回の面接で覚えてくれててたことも奇跡だと思う。ビザでお世話になった移民弁護士の方にもHRという職種でビザをとるのは難しいと言われていたけど、ありがたくもとれてしまった。
そんな確率論でいったら不可能とか挑戦するのは時間の無駄、みたいなことに「いや~私には一般論とか通用しないしw」と心底信じて己の道をさくさくと楽しんで進んでしまう人にはミラクルも起りやすいということ。一般論は一般論。そんなものに自分の人生をあてはめてしまうのは本当にもったいない。
よくアメリカで働きたい人に相談されるのだが、本当はアメリカで就職したいけど、それがどれだけ難しいことか延々と語られると「おぉ、そうか」としか言えない。自分が心の底から信じてることが実現するんだから、それがその人の信じていることということで、それを人が変えることはできない。
要はおのれを信じ、人生を楽しむことに貪欲であること!これが海外就職のコツかなぁと思う。
(*ちなみに海外で就職できたからといってエラいわけではさらさらなく、日本にその人の活躍の場が用意されていることもたくさんある。)
会社を辞める理由の第一位、それは日本でもアメリカでも同じ。
職場の人間関係 (とその他のコンビネーション)。
そしてそのほとんどが直属の上司との関係。自分を評価する人だから、うまくいってないと自分の価値を感じられない。逆に上司との関係が良好だとビジネスがさんざんでも充実感があったりする。そりゃあウィークデイの大半を占める仕事で、自分のアテンションが向いてる人とうまくいっていなかったら、1日の大半が嫌な思いで埋め尽くされてしまう。
一方で部下との関係がうまくいっていないと言って辞めるひとはあまり見たことがない。パワーが強い人により影響をうけるのだろう。
上司とうまくいないっていない人の言い分を聞いていると、自分は上司に認められていない、というネガティブな感情に行き着く気がする。たいてい最初は上司のマネージメント能力がないとか、仕事ができないだとか、パーソナリティが合わないとか言うのだが、背後にある感情は同じ。自分が扱われたいように扱われなかったということに対するフラストレーション。そういう人たちの話をうんうんと聞きながら、人間誰しも自分をわかって欲しい、自分を認めて欲しいんだなと実感する。そして認められていないという感情を持ち続けるのはとても辛い。
アメリカで最近流行っているマネージャーとしての資質にEQというものがある。
Emotional Intelligence Quatientの略で日本語では「心の知能指数」と言われている。「自己や他者の感情 を知覚し、また自分の感情をコントロールする知能 (ウィキペディア)」である。IQはその名の通り頭の良さに重きを置いているけど、このEQは感情にフォーカスしたもの。自分と他人の感情をマネージできる人が社会的にも成功するよねという理論。
私の肌感覚ではEQの高いマネージャーのいるチームは比較的みんなハッピーで、EQの低いマネージャーが率いているチームはガンガン人が辞める。その人がいる限り止まらない。文句の出るマネージャーは、たいてい数人から文句が出る。
個人的にはマネージャーのトレーニングはEQの向上を目指すべきと思っているが、目の前の課題をどんどんスピード重視で片付けていかなければならない中で、マネージャートレーニングという長期的にしか結果を見れない、しかも感情という測定しにくいものを扱うトレーニングを採用させるのは難しい。ROIが見にくいものに投資することに会社は躊躇する。
理論として確立され、数値化もある程度できるようになっている今、ビジネスへのインパクトをもっと可視化できたらなぁと思うのであった。
職場の人間関係 (とその他のコンビネーション)。
そしてそのほとんどが直属の上司との関係。自分を評価する人だから、うまくいってないと自分の価値を感じられない。逆に上司との関係が良好だとビジネスがさんざんでも充実感があったりする。そりゃあウィークデイの大半を占める仕事で、自分のアテンションが向いてる人とうまくいっていなかったら、1日の大半が嫌な思いで埋め尽くされてしまう。
一方で部下との関係がうまくいっていないと言って辞めるひとはあまり見たことがない。パワーが強い人により影響をうけるのだろう。
上司とうまくいないっていない人の言い分を聞いていると、自分は上司に認められていない、というネガティブな感情に行き着く気がする。たいてい最初は上司のマネージメント能力がないとか、仕事ができないだとか、パーソナリティが合わないとか言うのだが、背後にある感情は同じ。自分が扱われたいように扱われなかったということに対するフラストレーション。そういう人たちの話をうんうんと聞きながら、人間誰しも自分をわかって欲しい、自分を認めて欲しいんだなと実感する。そして認められていないという感情を持ち続けるのはとても辛い。
アメリカで最近流行っているマネージャーとしての資質にEQというものがある。
Emotional Intelligence Quatientの略で日本語では「心の知能指数」と言われている。「自己や他者の感情 を知覚し、また自分の感情をコントロールする知能 (ウィキペディア)」である。IQはその名の通り頭の良さに重きを置いているけど、このEQは感情にフォーカスしたもの。自分と他人の感情をマネージできる人が社会的にも成功するよねという理論。
私の肌感覚ではEQの高いマネージャーのいるチームは比較的みんなハッピーで、EQの低いマネージャーが率いているチームはガンガン人が辞める。その人がいる限り止まらない。文句の出るマネージャーは、たいてい数人から文句が出る。
個人的にはマネージャーのトレーニングはEQの向上を目指すべきと思っているが、目の前の課題をどんどんスピード重視で片付けていかなければならない中で、マネージャートレーニングという長期的にしか結果を見れない、しかも感情という測定しにくいものを扱うトレーニングを採用させるのは難しい。ROIが見にくいものに投資することに会社は躊躇する。
理論として確立され、数値化もある程度できるようになっている今、ビジネスへのインパクトをもっと可視化できたらなぁと思うのであった。
「グローバル人材」という言葉が日本の雇用市場では大ブームのようだ。
一体どういう人のこと指してるんだろう??
なんとなく「日本と海外」という2軸が関係していそうだという文脈を読んで考えてみると、「日本人」で「ベースは日本」で「英語が話せる」こと、なのかなという感じ(日本人の定義はさておき)。
もちろんアメリカでもこれからのさらなるグローバル経済で、どんな人材が生き残るのかといった議論はある。
それは自分とは異なる文化のバックグラウンドを持つ人とビジネス上良好な関係が築けることで、異文化に対応できるということが重視されている。
英語という国際言語が第一言語というのはあるが、その点一歩進んだグローバル人材のように思う。
私の思うグローバル人材というのは、何人とかどんなバックグラウンドだとか関係なく、完全に心を開いて信頼関係を築ける人のこと。
仕事って誰かに対してものなりサービスなりを提供することで、どんな形態で働いていようとも完全に一人で完結することはないもの。そのなかで重要なのは顧客なり同僚なり一緒に働く人との信頼関係。信頼し、信頼される関係って心が開けていないとなかなか難しい。
よく海外に支店がある日本の会社の失敗例で、大事なところは全部本社とか本社から来てる人で決めちゃって、ローカルのマネージメントはまったく意思決定に参加していなかったりという状況がある。言語以外にも働き方のスタンスとか仕事のスピードとか日本と海外では違うので、そういうところがネックになってローカルの人たちを信頼できない。こういう会社が長期的に見て海外で成功するか否かは火を見るより明らか。
仕事上の人間関係ってたかだか仕事なのかもしれないけど、実はとっても濃い、いろーんなことが学べる人間関係だったりする。素晴らしい同僚や上司から学ぶもよし。まったく信頼できない人から学ぶもよし。異文化、異言語だからといってそれが変わるわけではなく、多少のスパイスが加わる程度の話。突き詰めていくと人間関係の礎「Trust」なんではないかと思うのである。
一体どういう人のこと指してるんだろう??
なんとなく「日本と海外」という2軸が関係していそうだという文脈を読んで考えてみると、「日本人」で「ベースは日本」で「英語が話せる」こと、なのかなという感じ(日本人の定義はさておき)。
もちろんアメリカでもこれからのさらなるグローバル経済で、どんな人材が生き残るのかといった議論はある。
それは自分とは異なる文化のバックグラウンドを持つ人とビジネス上良好な関係が築けることで、異文化に対応できるということが重視されている。
英語という国際言語が第一言語というのはあるが、その点一歩進んだグローバル人材のように思う。
私の思うグローバル人材というのは、何人とかどんなバックグラウンドだとか関係なく、完全に心を開いて信頼関係を築ける人のこと。
仕事って誰かに対してものなりサービスなりを提供することで、どんな形態で働いていようとも完全に一人で完結することはないもの。そのなかで重要なのは顧客なり同僚なり一緒に働く人との信頼関係。信頼し、信頼される関係って心が開けていないとなかなか難しい。
よく海外に支店がある日本の会社の失敗例で、大事なところは全部本社とか本社から来てる人で決めちゃって、ローカルのマネージメントはまったく意思決定に参加していなかったりという状況がある。言語以外にも働き方のスタンスとか仕事のスピードとか日本と海外では違うので、そういうところがネックになってローカルの人たちを信頼できない。こういう会社が長期的に見て海外で成功するか否かは火を見るより明らか。
仕事上の人間関係ってたかだか仕事なのかもしれないけど、実はとっても濃い、いろーんなことが学べる人間関係だったりする。素晴らしい同僚や上司から学ぶもよし。まったく信頼できない人から学ぶもよし。異文化、異言語だからといってそれが変わるわけではなく、多少のスパイスが加わる程度の話。突き詰めていくと人間関係の礎「Trust」なんではないかと思うのである。
私のHRの仕事でいま一番大部分を占めているのが、新入社員関連の仕事。New hire orientation (新人研修)、雇用に必要な書類をそろえて、会社の歴史や決まりごと、ベネフィット、健康保険、年金制度の話などをひととおりプレゼンして、会社のシステムに情報を入力し、健康保険加入の手続きをして、現場に入った新人さんから日々いろんな質問を受ける。
毎週10人くらい入社してて、1年で200人弱の方に私の入社儀式を通過していただいています。
複雑な人事関連の問題を扱うわけではないし、新入社員はみんなフレッシュでまだ変なストレスがない人たちなので(笑)、特に難易度の高い仕事というわけではないのだけれど、私はかなりこだわってやっているのです。
新人さんたちにしてみたら入社して初めて関わる社員が私ということだし、会社っていう大きいグループに一人で入るのってドキドキするじゃないですか。そういうドキドキすごいわかるし、早くなじんで楽しく過ごしてほしいって心から思うから。
アメリカ人は初対面でもフレンドリーで緊張とかしなさそうじゃね?ってちょっと前の私なら思ってたけど、アメリカ人とて人間です(笑)入社当日くらいは緊張します。そういう心理面の緊張をとくために、なんでも聞いてね、なんでも私に頼っちゃってね~!ってアメリカ人の半分くらいの体の体積の、英語も一生懸命しゃべってる、みたいな私が言うのも変なんですが、そういうapproachableな(近づきやすい)受け答えをします。
ふと書いていて思ったけど、私がアメリカに来たとき大学院のdirectorとか、先生とかクラスメイトとかみんなに助けられて、あぁこの人がいてくれてよかったってそういう体験をたくさんしてきたから、コミュニケーションはそういう人たちをお手本にしているのかも。すごいな~助けてくれただけじゃなくて、他にも色んなこと教わったんだな~。
そしてオリエンテーションも短い時間でどれだけの情報を効率よくつめこめるか(これによって後ほど受ける質問の数が減るっていうのもある)、他の部署との連携、プレゼンが飽きないように工夫(セールス時代のパワポ修行が今となってようやく功を奏した)、などなどかなり作り込んでいるのです。そして今ももっといいものにするためfeedbackをもらって、いくつか新しいアイデアを試そうとしているところ。
ひそかな目標は
シリコンバレーで最高のon-boarding エクスペリエンス
(on-boardingは日本語なんていうんだろう?入社してから会社に慣れてパフォーマンスを出すまでの期間に会社が行う一連のプロセス)
でね、今日一人の新入社員に言われました。
「It was the best new hire orientation I've ever had!」(今までの新人オリエンテーションで最高のオリエンテーションだったよ!)
私、お礼を言った後にすかさず 「In terms of what?」 (ど、ど、どんなところが?)
そしたら「今までいろんな大きな会社で働いたけど、必要な情報が全部詰まってて、すごくオーガナイズされてていいフローだった」って言ってもらいました!!!

実はこないだも一人の方に同じようなことを言ってもらったんですが、ポジションも上の人だったし、褒めるのがお上手
くらいに思ってました。いやでも!また言われちゃった。これは超嬉しい。
もっといいもの作れるようにがんばるぞぃ
毎週10人くらい入社してて、1年で200人弱の方に私の入社儀式を通過していただいています。
複雑な人事関連の問題を扱うわけではないし、新入社員はみんなフレッシュでまだ変なストレスがない人たちなので(笑)、特に難易度の高い仕事というわけではないのだけれど、私はかなりこだわってやっているのです。
新人さんたちにしてみたら入社して初めて関わる社員が私ということだし、会社っていう大きいグループに一人で入るのってドキドキするじゃないですか。そういうドキドキすごいわかるし、早くなじんで楽しく過ごしてほしいって心から思うから。
アメリカ人は初対面でもフレンドリーで緊張とかしなさそうじゃね?ってちょっと前の私なら思ってたけど、アメリカ人とて人間です(笑)入社当日くらいは緊張します。そういう心理面の緊張をとくために、なんでも聞いてね、なんでも私に頼っちゃってね~!ってアメリカ人の半分くらいの体の体積の、英語も一生懸命しゃべってる、みたいな私が言うのも変なんですが、そういうapproachableな(近づきやすい)受け答えをします。
ふと書いていて思ったけど、私がアメリカに来たとき大学院のdirectorとか、先生とかクラスメイトとかみんなに助けられて、あぁこの人がいてくれてよかったってそういう体験をたくさんしてきたから、コミュニケーションはそういう人たちをお手本にしているのかも。すごいな~助けてくれただけじゃなくて、他にも色んなこと教わったんだな~。
そしてオリエンテーションも短い時間でどれだけの情報を効率よくつめこめるか(これによって後ほど受ける質問の数が減るっていうのもある)、他の部署との連携、プレゼンが飽きないように工夫(セールス時代のパワポ修行が今となってようやく功を奏した)、などなどかなり作り込んでいるのです。そして今ももっといいものにするためfeedbackをもらって、いくつか新しいアイデアを試そうとしているところ。
ひそかな目標は
シリコンバレーで最高のon-boarding エクスペリエンス
(on-boardingは日本語なんていうんだろう?入社してから会社に慣れてパフォーマンスを出すまでの期間に会社が行う一連のプロセス)
でね、今日一人の新入社員に言われました。
「It was the best new hire orientation I've ever had!」(今までの新人オリエンテーションで最高のオリエンテーションだったよ!)
私、お礼を言った後にすかさず 「In terms of what?」 (ど、ど、どんなところが?)
そしたら「今までいろんな大きな会社で働いたけど、必要な情報が全部詰まってて、すごくオーガナイズされてていいフローだった」って言ってもらいました!!!


実はこないだも一人の方に同じようなことを言ってもらったんですが、ポジションも上の人だったし、褒めるのがお上手
くらいに思ってました。いやでも!また言われちゃった。これは超嬉しい。もっといいもの作れるようにがんばるぞぃ

