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「出逢い編 〜中学時代〜」

 

 

体育大学に進学した次女は、やはり東京で一人暮しをすることになった。

 

できれば長女と二人で、二部屋ある賃貸に住んでもらいたかったが、

 

長女は一年後には卒業し、部屋を出ることになる。

 

残された次女だけが広いアパートに住むことになり、

 

その時の引越しなどを考えると、別々に住むことが良いと結論した。

 

 

人懐っこい次女は、大学でも多くの友人に恵まれているようだった。

 

私からの仕送りが少ないため、市営のスポーツセンターでバイトを始め、結局4年間勤めあげた。

 

 

次女の誕生日は4月と早かったため、成人式がくる前には酒を飲んでいた。

 

帰省すると一緒に近くの焼き鳥屋で飲んだりした。

 

 

成人式当日、長女と一緒にプリクラを撮ったものだが、

 

体育大のくせに、かなり締まりのない体になっている。

 

バスケをやめてしまったのが影響している。

 

次女は体質や性格も私にそっくりなようで、次女を見ていると自分を見ているようだ。

 

 

私たちは当たり前に妻の墓前に報告する。

 

妻が他界してから17年目、当時3歳の次女が大人になった。

 

私は二人を成人まで育てあげることができ、ホッとした。

 

思えばほんとに長い道のりだった。

 

いろんなことがあって、大切な人をたくさん失った。

 

 

次女は中学の時に憧れだった女子バスケ部顧問の先生のようになるために、

 

就活はほぼ教員に絞っていた。

 

ただ倍率が非常に高いため、私がそれ以外の仕事を受けさせたりもした。

 

 

 

やはり教員試験は合格できなかった。

 

採用試験は今年だけではない、バイトでもやりながら、じっくり来年も受ければいい。

 

そう思っていたところに、特定支援員の話がくる。

 

小学校中学校で、先生のサポートをする役目なのだが、特に障害のある子を担当することになる。

 

この話を紹介してくれ、受験させてくれたのは次女の中学時代の恩師。

 

憧れの女子バスケ部先生の同僚で、男子バスケ部の顧問の先生だった。

 

PTA会長だった私もよく知ってる先生だ。

 

中学時代、真面目にバスケに取り組んでいた姿を見てくれていたから、今回の話につながったのだと思う。

 

一生懸命やっていれば、なにかしら手を差し伸べられ、報われるものだ。

 

 

次女は大学を卒業した。

 

 

 

そして実家から仕事場へ通うことになる。

 

 

そしてその場所とは、次女の母校であり、

 

私と妻が出会った中学に決まった。

 

なんとも深い縁だ。

 

 

 

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