もう一ヶ月過ぎたんだなあ。
忘れもしない去年の12月11日、大好きなひとが兵役のために入隊した。
そのときを見届けるかのように、翌日から体調がおかしくなりだして、じわじわと悪化して、結果どえらい風邪をひいた。病院に行かなかったこともあるけれど、この風邪は年末ギリギリまでと結構長引いてしまった。
いま思うと、1年の終わりと、これから経験する大好きなひとがいない準備のために必要な、体の大掃除のようだった。
大晦日は、新年が来る前に寝てしまい(こんなこと中学生ぶり?!)、ゆるりと終わってゆるりと始まった年末年始。
そんな、大げさなドラマも新年の出発感もない、ぬるっとした年始に映画館で映画を観た。
カンヌのコンペティション部門で主演の役所広司が男優賞を受賞した『PERFECT DAYS』。
去年の12月22日から公開されているこの映画、監督がヴィム・ヴェンダースだったことと、ジャケット写真(メインビジュアル)が物静かなのにどこか印象的で、去年から気になっていた。
ヴィム・ヴェンダース監督といえば、『パリ テキサス』を思い出す。
とにかく映像が美しい。その中でも、真っ赤に染まった夕日が画面いっぱいに映し出された場面はいままでわたしが見たことがない色で、この夕日の色は色補正していないんだよと後から教えてもらったことで、いまでも記憶に残っている作品のひとつ。
役所広司演じる平山の生活は穏やかで静か。
その静寂はあたたかい。
多くを求めず、せかせかとマルチタスクで時間を過ごすのではなく、ひとつひとつに向き合ってこなしていく。毎日単調な日課のように見える平山の生活はまったく同じ日はない。
「豊か」。
この映画をひとことで表現するならば「豊か」だった。
場面場面セリフが多いわけでもなく、情報が多すぎないところも、いまの自分には心地いい。
ガチャガチャと騒々しい音がない映像の中、流れる音楽も最高にいい。
劇中の音楽は、平山が車の中や自宅で流すカセットテープ。調べたら1960年代と1970年代の曲だとか。
映画ラストに流れる曲、
ニーナ・シモン「Feeling Good」。
映画の中で、はじめて自分の感情を爆発させたかのような平山の表情。爆発させて、といっても大声を出すとか大声で泣くとかじゃない。静かに爆発させていた。
劇中流れる音楽は、日の光を歌っている曲が複数ある、という記事を読んだ。
夕日、朝日、木漏れ日。
平山は、朝外出するために扉を開けてすぐ、空を見上げる。
昼の休憩中は、お気に入りの場所に座りながら木漏れ日をフィルムカメラで写す。
現像した写真を見ながら、気に入らない(失敗した)写真は捨てる潔さもすきだ。
木漏れ日を撮るとき、ファインダーで構図を確認しないで、カメラを持つ手を空に向けて撮るのも、天任せみたいな今の残し方が、潔くてすきだった。
平山という人物について、過去なにをしていたとか、昔からいまのような生活をしていたとか、一切わかりやすい説明はない。
だけど、昔はそれなりに地位があって、華やかで、無音ではない環境にいただろうということが想像できる。
映像の美しさと平山の生き方、音楽の威力。この豊かさにしばらく感情を持っていかれていたある日、ああ、この平山の生き方、この映画の感性に似てるひとがいるなあと思ったら、それは大好きなひとだった。
大好きなひとの兵役中の姿を積極的にみたいと思っていないわたしは、いままでのように貪欲に情報を追うこともなくなって、ああ、こうやって大好きなひとの存在を知らなかった自分に、ゆるやかに戻っていくのかなあ。そんなことをうっすらと感じていた。
大好きなひとは、この映画を気に入るじゃないかな。
観てほしい。その感想を、ゆっくりと間をおきながら穏やかに話す姿を観ていたい。
自分の生活の中に、薄くなってしまったのかと思っていた大好きなひとは、いなくなったのではなくて、日常になって、自然になっていた。
いままでのように、情報にあふれる打ち上げ花火のような刺激じゃなくなっただけで、しっかりと確実にわたしの生活の一部になっていた。
わたしのスマホの待ち受けは、変わらず大好きなひとのままで、飾りっ気がなくはにかむ笑顔や言葉少なめに話す姿をみると、自分が忘れたくない大事ななにかを毎回思い出させてくれる。
わたしは推しに、ドラマがない日常を変える起爆剤のような激しさを求めていたわけじゃない。
この空白期間で、そのことがよくわかった。
大好き。
このことばは去年と変わることはない。
いまは、ただただ穏やかな気持ちで大好きだ。
It’s a new dawn
It’s a new day
It’s a new life for me
And I’m feelin’ good
ニーナ・シモン が歌う「Feeling Good」。
推しはこの曲をどういうふうに歌うかな。
聴いてみたい。「Feeling Good」を歌う推しの歌声を。