小田原駅前の改札には大きな提灯が
東口1番乗り場からバスで終点の石垣山城へ早速上る
一夜城以外に小田原城をめぐると歩数はかなり上がる。
この杖を持ってでなく失敗
石垣山は秀吉の全国制覇の為に天正18年4月に本城を組む。周囲9Kわたり壮大な堀土塁をを攻め入るには小田原城は難しい、伊達政宗が普請した石垣山の周りの木々を切り倒すと一夜のうちにお城が出現したように見えた。まるで漫画のような話で、北条勢は驚きあっという間に落城したという。ただ、秀吉得意の兵糧攻めに耐えられなったというのが本心だ。関東の城は漢字のように土で作るものと思っていたが秀吉は安納衆を帯同して野頭ら積みのお城が今も見られる。
小田原と言う小田原城が近く上ってくる人は若い女性が多い。
かなり深い井戸曲輪、此処を降りてまた上ってくるのが今の私にはかなり疲れた。