凄まじいスポーツ | 私学に生きる

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大学職員のブログ。
初等・中等・高等教育について、関心のあることを取り上げています。

ボクは自分がスポーツをやっていたこともあり、自分がするのも観戦も大好きだ。観戦も自分の経験や、このプレーは肉体的にも精神的にもしんどいやろとか感情移入してしまう。


バスケ、アメフト、ラグビー、野球、サッカーの球技から格闘技まで、何でも好きだ。


スポーツはスポーツでも、ひとつだけ「別格」と思うものがある。


それがフリークライミングも利用した、いわゆる登山。 日本では植村直己 が有名だ。


この世界は勝った負けたとかの話ではない。いわゆる「負け」は即、死につながる。


超人といわれているラインホルト・メスナー もボクが大好きなひとりだ。色々賛否両論はあるみたいだが、自伝を読んで衝撃を受けた。この人は超人と言っても過言じゃない。


メスナーの何がすごいか。それは「単独登頂」と「無酸素登頂」だ。これは、エベレストなど8000m級の山を登る際、常識ではあり得ない話。野球をするのに、バットを使わないで、素手でプロの球を打つようなもの。グローブを使わないで、素手でキャッチャーをするようなものに近いと思う。


トレーニングも半端じゃない。中指1本で懸垂したりするのは、当たり前。ウォーミングアップレベルだ。


しかも、そん命をかけた経験しても、基本的にお金にはならない。おまけに足や手の指も失っている。


報酬やファンの声援もないのに、どうやってモチベーションを維持するのか。


そこにあるのは、「己への挑戦」でしかない。誰かが見ているからとか、これを登ればお金になるとか一切なし。名誉欲とかあったのだろうか。なかったとは言えないだろうが、そのために命をかけるだろうか。色々な書物やインタビューを見ても、純粋に「その世界」に行きたいからというのが理由だ。

凄まじすぎる・・・・。そして、崇高すぎる。


最近では、山野井泰史氏も有名だ。山野井氏は、指を失い、九死に一生のケガを負っても山へ登る理由として、


「自分のうちにある、どうしようもないものとしか言いようがない。でも、どうしようもないものだから大事にしたい。登山ではお金もうけはできないけど、お金のためだけに何かをするのは、もったいないと思うから」 (1/3 中日新聞) と答えている。



ちなみに、ボクの真剣な登山経験は、富士山に一度登ったことぐらい。今でもよくよく覚えてて、頭に残っている。


大雨で、寒くて、辛かったけど、頂上で日の出と共に見たあの光景は、写真を見なくとも、今でも脳裏に焼きついている。人生でこんな思いをすることが何回できるだろうか。