ニーチェの書いた「ツァラトゥストラ」(中公文庫)にこういう一節がある。
君は君の友のために、自分をどんなに美しく装っても、
装いすぎることはないのだ。
なぜなら君は友にとって、超人をめざして飛ぶ一本の矢、
憧れの熱意であるべきだから。
ボクは自分の人生に対して、ハイテンションな人に惹かれるし、憧れる。ニーチェもその一人。最後は過激すぎて、発狂して精神病になってしまったが。でも、この妥協せず、命を燃やす感覚。仲は良いけど、馴れ合いでないこの感覚。なぁなぁの関係は断固拒否する感覚。この極端かもしれない感じを大切にしている。自分の人生は一度きり。
森信三先生も「人生二度なし」という言葉を残されているが、このことは年齢を重ねれば重ねるほど実感するのだろう。この感覚をできるだけ、早い段階で持てるかどうかがその人の人生を充実させたものになるのだろう。
京都のお坊さんを相手に、岡本太郎も言っている。
(道で仏に会えば仏を殺せという臨済禅の話をした上で)
街角で托鉢して、仏に出会えると思いますか?
「出会うのは己自身なのです。自分自身に対面する。そうしたら、己を殺せ」
人生を真に貫こうとすれば、必ず、条件に挑まなければならない。
いのちを賭けて運命と対決するのだ。
そのとき、切実にぶつかるのは己自身だ。
己が最大の味方であり、また敵なのである。
自らの志を成し遂げるためには、こういう気概が必要だろう。ボクにとっては、過激くらいでちょうどだろう。