古典も現代文も本当は面白いはずなのに

古典も現代文も本当は面白いはずなのに

Yahoo!知恵袋でのベストアンサー・自選回答集積ブログ(でしたが、最近は21世紀前半の日本の世相の記録とも考えています。個人情報保護のため一部改変あり。)

Q

天皇陛下というのは神のような存在だったんですかね
さっきまで226の映画みてたんですが 勅命ってすごいんだなぁと

 

A

1935年生まれの私の親の話ですが、小学校の講堂の正面に「御真影」を納める扉があり、集会でそれを校長が開くとき、児童はすべて顔を伏せ、そちらに目を上げて見てはいけない、校長が扉を閉めた時、初めて児童は顔を上げることが許された、そういう教育を15年戦争(1936-1945)の小学校・国民学校では、全国、海外領土も含めて、大日本帝国はしていました。
私が小学生だった時、同じ校舎に学び、やはり講堂の正面に、決して開くことのない、後ろは戸外にも面していない謎の扉があり、「いったい何の扉か」と親に尋ねて、上記を聞きました。親であったのか、祖母であったのか、叔父叔母であったのか、今となっては定かではありませんが。
画像のような感じでした。こんなに立派ではありませんが、位置はこういう感じでした。児童の私たちにとって、講堂は体育館と同じ機能でしたので、扉がほんとうに不思議でした。

 

(下阪本小学校講堂の奉安庫(奉安殿) 下阪本小学校蔵:大津市)

 

質問者からのお礼コメント
みなさま回答ありがとうございます!

Q

ブラックなのかホワイトなのかわかりません。
現在、教員をして、もうすぐ退職年齢を迎えるものです。昭和世代の考え方かもしれません。少し長文になります。
教員として30年ほど働いてきましたが、最近新しい教員が入ってこないので行く末がとても不安でなりません。
よく勤務体系がブラックというのは間違いないと思います。
朝は7:00出勤で大体毎日20:00に学校を出て帰宅します。
土日も部活動があるので午前中はボランティアになります。
この年になると分掌業務があって成績や入試やこれから始まる時間割などの業務が入ってくると深夜勤務が普通になってしまいます。結婚して家庭もありますので20:00には帰るようにしていますが、できない場合は自宅で作業を続けます。
保護者のクレーム対応が自分の子供優先でスタートするので結構理不尽なことが多く、精神的に疲弊することが多いです。
どんなに頑張っても給料は変わりません。
ただ、将来にわたってお金では得ることができない財産を得ることもできます。最初のクラスの生徒はすでに40歳となっているのですが、時々LINEでのお誘いも来たりします。その前は生徒の結婚式や、子供を連れて挨拶に来たりと人生の節目に立ち会うことも多く、教員でよかったなと思うこともあります。
別な意見で「企業出身の教員」は口を揃えていうのは「教員は楽だからね」と言います。
大手企業の研究室勤務の元教員は開発の納期に間に合わせるために寝るひまも惜しんで開発に没頭したと言います。要は成果を出すのが企業、それに比べれば教員なんて楽でしょ。
という考えです。さらに教師としてのプライドも捨てればこれほど楽な仕事はないよとも。どういうことかというと授業も今まで自分の知識の範疇で教え(授業研究なし)、部活動も適当に(土日はお休み)すれば定時で帰ることもできる、ということです。給与が減ることもありません。生徒はもちろん、周囲の教員の信用も失うことを覚悟の元で行えばできることです。
質問というか、皆さんのご意見です。
今私の職場はなり手がいません。教員が慢性的に不足しています。求人を出しても応募すら来ません。そうしているうちに定年を迎える教員が多く、少ない教員で回していかなければならない現状です。
ただ、考え方を変えれば教員は楽だと思います。自己の失敗が会社全体の利益に直結することはない。この考え方であれば勤務体系がブラックなだけで教員もそれほど悪い職業ではないかなとも考え始めるようになりました。
知恵袋の皆さんは色々な職業だと思いますが、皆さんが言うほど教員はブラックなのでしょうか。定年間際になり、周囲の友人、同僚と話すとそれほど教員はブラックなのかわからなくなりました。マヒしているのでしょうか。

 

A

麻痺していると思うし、麻痺している人間じゃないと「将来にわたってお金では得ることができない財産を得る」なんてことは考えないと思う。
私自身、高校教員を50歳で辞めた。今も卒業生との交流はあるが、慰めにしかならない。慰めとは、自分のかけがえのない人生をろくでもない仕事と金に交換したという悲しみを慰める材料、という意味だ。
今の学校が、人を大事にしているか。人を人として育てているか。人の賢さを育てているか。人とは生徒もだし教員もだ。私にはとうていそうは思えない。詳しくは書かない。権威に従う人間、公正や物の道理理非よりわが身一身の保身を考える人を育てるだけだ。
教員になり手がないことと、15人に一人になった不登校とは表裏一体だ。それが今の日本のほとんどの学校だ。
私はそう思っているので、あなたの質問文を読み、こういう人だから心身も壊さず(私は壊した)定年まで働いたんだろうという感想しかない。ほんとうにあなたが「お金では得ることができない財産を得」たと考えているなら呆れる。それは、失ったものの大きさに、まだ気づいていないだけだ。私は50歳から別の人生、自分の人生を歩み、そう思う。
一個人を朝の7時から夜の20時まで働かせ、土日も職場に縛り付けるような職場が、ブラックでないわけがないだろう。そんなことまで分からなくなっているほど、あなたはマヒしているのだ。

 

返信Q

マヒしているのかな。多分自分を慰めたいだけなのかもしれません。
若い頃、激務で学校で2度程倒れ、救急搬送されたことがあります。
5年前は精神的におかしくなり、若い時にお世話になった精神科医に休職を強く勧められました。
あと、数年頑張りたいですが、若手がいないのが目下の悩みです。

 

返信A

「将来にわたってお金では得ることができない財産を得る」
これがあなたの認識ですが、私の認識は、
「お金を得るかわりに自分の自分らしい自分のための人生を失う」
です。
若手がいないのは、あなたの問題ではありません。
頑張りたいならどうぞ。日本社会はあなたに感謝するでしょう。かつての戦争時の尊い犠牲、いわゆる英霊達のように。私はもうまっぴらです。

Q

バイト先の送別会で、私以外のほぼ全員が先輩への感謝のプレゼントをそれぞれ用意してきていて、私だけ渡せなくて本当に申し訳ない気持ちになりました。
2人組で「2人からです!」と先輩全員に渡している人もいれば、「個人的にお世話になったので」と渡している人もいて、渡し方もバラバラだったので事前に裏で打ち合わせていた感じではないと思うのですが、皆で送る会って名目なのに個人で持ってきて皆の前で渡すのってルール的にありなんですか?( ; ; )
当然持ってきていない人もいるわけですし、渡すなら会が終わったあとにしてほしいと感じてしまいました。私がバイト始めてまだ1年の常識ない子供だから分からなかっただけで、送別会で個人的にプレゼントを持ってくるのって普通だったりするんですか?

 

A

送別会もだけど、プレゼントは悪しき慣習だ。
それは誰かが定着させたのだ。
自腹を切った分は、自分が辞める時に回収しようとする。辞めるのと送るのと、人数配分がアンバランスになった時、ひどいことになる。
社員、正規雇用なら仕方ない面もあるが、私は正規雇用の時、異動一年目で嫌な思い出がある。送別会前に全員プレゼントがあるから入らないかと声をかけられ、「せいぜい2,3千円だろう」と考えて受けたら、「一人1万数千円」と聞き、即座に辞退した。「儀礼として常識外れだ。」とも言った。次の年からその慣習はなくなったようだった。
「渡すなら個人で」という感覚は、公正だと思う。送別会のプレゼント贈呈イベントは、公私混同している人間が多いから生まれた悪習だ。私もひそかに餞別を受け取ったことはある。渡すならそうすべきだ。
そもそもバイト代を送別会やプレゼントに投入しては、バイトしている意味がない。

常識などない方がましなことは少なくない。今の日本社会にある常識の多くが差別的だ。
謎のビジネスマナーもたいていがそうだ。画像はちょい前の代表例だが、先輩や男などが気分良くなるだけのための常識は山ほどある。
公正をいつも考える人間になるべきだ。でないと常識を身に付けた気で知らない間に差別者になり自分の人生を台無しにしかねない。

 

Q

源氏物語 若柴で『涙ぞ落つる』とありますが これは何に対するどのような涙ですか?その理由も教えていただきたいです。
自分の叶わぬ恋に対する、憐れな涙は違いますか??

 

A

微妙に違います。
「かなわぬ恋」とすると、「かなえばハッピー」になります。「恋がかなう/かなわない」の問題になります。光源氏は、そういうレベルで泣いたのですか。彼の恋心の対象は義理の母親です。「かなえばハッピー」ではないでしょう。
彼の恋は、叶っても地獄、叶わなくても地獄、そういう恋ではないのかと私は理解しました。【許されない(とわかっていてなお消せない)恋情に苦しむ涙】と私なら表現します。

「柴」と「紫」も微妙に違う。

Q

日本語は、江戸時代まで各地でバラバラの言葉が使われていました。明治期に政府の教育制度で全国の言葉が統一されました。
イギリス、フランス、ドイツなどは、どうやって国の言葉を統一したのですか?

 

A

同様で、国家による教育により、言語の国境内の統一が図られました。近代国家における教育と軍制のリンクは、国を問わず共通です。
いつも挙げられる有名な例として、ドーデ「最後の授業」があります。以下、ざっくりした話で恐縮です。この作品は、普仏戦争の結果、ドイツ領となり、フランス語授業ができなくなった教師の悲しみを悲劇的に描いていますが、舞台となったアルザス地方は、元来はドイツ語圏で、フランス領と変わったことで、住民子弟にフランス語を教えていたという時代背景があります。作品だけを読むと悲劇ですが、それは、作者がフランス視点で作品を書いたからにすぎない、という話です。
大日本帝国は、植民地と占領地の住民に、日本語教育を徹底させ、軍民両方の戦力として利用しました。敗戦後、「もはや国民ではない」として、一切の補償を切り捨てました。戦後教育の「方言札」による教育事例もあります。近代国家のもつ、一つの醜い本質です。

Q

太平洋戦争で日本は焼け野原になりました。アメリカを恨んでいる日本人は数多くいるはずですが、そういう声が聞こえてきません。なぜでしょうか?

 

A

『拝啓マッカーサー元帥様: 占領下の日本人の手紙』袖井林二郎 (著), ジョン・ダワー (解説)

を読むと、敗戦後すぐの日本国民の気持ちが分かります。
世界恐慌以降の10年(昭和10年代)、臣民を苦しめたのは、大日本帝国政府でした。226事件も、つまりは政府に対する義憤がその原動力でした。確かに交戦国は中華民国、ソ連、アメリカ・イギリス・オランダ・オーストラリアでしたが、帝国臣民を直接苦しめたのは、無謀な戦争を臣民に強制した大日本帝国政府でした。アメリカは「圧政からの解放者」だったのです。

Q

源氏物語の若紫との出会いについて
犬君が雀を逃がしてしまうシーンがありますが、そこで女房が「かかるわざをしてさいなまるるこそ、あと心づきなけれ」と言っていますよね?なぜ女房は犬君が叱られるのが気に食わないのですか?

 

A

ここの個所は、解釈するのが面白い。
「かかるわざをしてさいなまるるこそ、いと心づきなけれ」
これは、実に持って回った表現だ。
発話者は、「かかるわざをし」た犬君を「いと心づきなけれ」と非難しているようだ。おそらく聞き手の「女子」は、そう受け止める。それは、「女子」にとっては慰めになる。発話者が自分に寄り添い、自分の味方をしてくれたと「女子」は感じる。事実、その通りではある。これが単純な解釈で、発話者の意図もそこにある。
しかし、ただそれだけの意図であるならば、発話は「例の、心なしの、かかるわざをするこそ、いと心づきなけれ」でよかったはずだ。そこで解釈の焦点は、「してさいなまるる」になる。それを挿入した発話者の意図を考える、そこが面白い。
発話者は、「犬君」の「かかるわざ」を、一方的に非難してはいない、という解釈の余地が生まれる。これは、普通に考えて見ればわかることだ。巣から離れた小鳥を保護する場合、肝要なのは、自然に戻すタイミングだ。「女子」と「犬君」の対立は、そこにあったのかもしれない。少なくとも発話者が、「してさいなまるる」を挿入して、持って回った表現をとったことは、上の解釈をする余地を拵えている。
その後の尼君の嘆き、「いで、あな幼や。言ふかひなうものし給ふかな。おのがかく今日明日におぼゆる命をば、何とも思したらで、雀慕ひ給ふほどよ。罪得ることぞと常に聞こゆるを、心憂く。」「いとはかなうものし給ふこそ、あはれにうしろめたけれ。かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。
故姫君は、十ばかりにて殿に後れ給ひしほど、いみじうものは思ひ知り給へりしぞかし。ただ今おのれ見捨て奉らば、いかで世におはせむとすらむ。」は、決して彼女の老いの繰り言ではなくて、周囲の他の者たちにも共有された「女子」に対する評価であったことを、ここから読み取るのが、私は妥当な解釈であろうと思う。

Q

次の句の「けむ」の用法について質問したいです。
いつの世につゝみこめけむ袋田の布引出すしら糸の瀧 徳川光圀(水戸徳川藩 二代藩主)
これは、過去推量でしょうか?それとも、過去の原因推量でしょうか?
文頭から「けむ」までの部分は、「いつの世に包み込んだのだろうか」という意味で、原因を推量しているわけではないので過去推量と考えたのですが、AI は、疑問詞を伴っており、包み込まれた状態の成立事情(原因)を推量しているため過去の原因推量と主張します。
どちらと判断すべきなのでしょうか?

 

A

過去推量です。
3句以降(布引出すしら糸の瀧)は、地名からの類推、いわば見立てです。ただの言葉遊びであり、現実ではありません。見立てに原因(推量)などありません。

 

返信Q

回答ありがとうございます。
「原因推量」は現実の因果だけを扱う、というのは、文法書を読んだうえで、自分は初めて聞いたのですが、入試問題を解くにあたって、常にこの判断基準を持っていてもよいでしょうか?
重ねての質問ごめんなさい。確認だけ、させてください。お願いします。

 

返信A

私は「見立てに原因(推量)などない」と書きました。「非現実に原因(推量)などない」とは書いていません。
あなたは「見立てに原因(推量)などない」が理解できていますか。それが理解できているなら、もうそれでよいのです。回答の趣旨をわざわざ曲解しないでください。
現実、非現実と言うのは、境目が判然としないことです。そんなものが判断基準にはなりません。以下の例は「けむ」でなく「らむ」ですが、同じことです。
【思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせばさまざらましを】
この「(つ)らむ」は、ついさっきの時点、近い過去の原因推量です。夢自体は非現実ですが、作者が夢を見た事実は現実です。
お尋ねの歌の「見立て」とは、「滝の水が落ちるの」を、「布地から糸・繊維がほつれて落ちる」のに見立てているのです。「見立て」と説明した時点で、それで終わりであり、「原因推量である」という説明は、並立するわけがないのです。
そもそも「どちらと判断すべき」という問題ではないのです。どちらかに判断できた時点で終わりです。それができないから、「べき」と考えてしまうのです。助動詞の意味の識別は全てそうです。助動詞の意味を判断するのではなく、文意、歌意を判断するのです。その結果として、助動詞の意味が確定します。

Q

高校生の子が学校で受けた、小説を読んで後の問いに答える国語のテストですが、難しくてびっくりしました。普段からよく小説を読んでる人なら簡単にわかるものでしょうか?興味のある人はやってみて下さい。
 

私は毎朝、同じ時間に同じ道を歩いて会社へ向かう。道の途中に古い木造の家が一軒あって、いつも門の前に置かれた植木鉢の土が少しずつこぼれているのが気になっていた。誰かが水をやりすぎているのだろう。こぼれた土は雨が降ると黒く流れ、歩道に細い線を描く。
ある朝、その家の門が少し開いていた。中から女の人が顔を出して、私を見た。四十代後半くらいだろうか。髪は乱れていて、目が少し赤い。彼女は私に気づくと、慌てたように門を閉めかけたが、途中でやめた。
「すみません」と彼女は言った。「いつも通る人ですよね」
私は立ち止まった。知らない人から突然話しかけられることなど滅多にない。
「この植木鉢……」彼女は鉢を指した。「父が大事にしていたんです。でももう誰も世話ができなくて」
彼女の声は震えていた。私は何を言えばいいのかわからず、ただ頷いた。
「捨てようかと思うんですけど……捨てられないんです」
その日から、私は毎朝その家の前を通るとき、少し足を緩めるようになった。彼女は時々門の前に立っていて、私を見つけると小さく会釈をする。言葉は交わさない。ただ、視線が合うだけだ。
数週間後、植木鉢の土はほとんどこぼれなくなっていた。新しい鉢が二つ増えていた。色とりどりの花が咲いている。私は知らない間に、彼女が花を植え替えたのだと理解した。
ある雨の朝、私は傘をさしてその家の前を通った。門は閉まっていたが、玄関の明かりがついているのが見えた。ガラス越しに、彼女が座っているのが見えた。膝の上に古い写真立てを抱えていて、じっと見つめているようだった。
私は立ち止まった。なぜか動けなかった。彼女は気づいたらしく、ゆっくりと顔を上げた。目が合った瞬間、彼女は泣いているのがわかった。涙ではなく、ただ表情が崩れているだけだった。
私は傘を少し傾けて、雨を避けるように彼女の方へ近づいた。門の隙間から声をかけた。
「大丈夫ですか」
彼女は首を振った。そして小さな声で言った。
「父が……昨日、亡くなったんです」
私は何も言えなかった。ただ、雨音だけが響いていた。
次の朝、植木鉢は全部なくなっていた。コンクリートの地面に、土の黒い跡だけが残っていた。私はその跡をじっと見つめた。なぜか胸がざわついた。
それから私は、もうあの道を通らなくなった。少し遠回りでも、別の道を選ぶようになった。
時々、夢に見る。あの門の前で、彼女が私に向かって何か言おうとしている。でも声が出ない。彼女の後ろには、色とりどりの花が咲いているのに、なぜか全部灰色に見える。(了)

問1
「私は立ち止まった。知らない人から突然話しかけられることなど滅多にない。」の「立ち止まった」には、主人公のどのような心情が最も強く表れているか。次から最も適当なものを一つ選べ。
① 警戒と好奇心
② 迷惑と同情
③ 驚きと無関心
④ 戸惑いと責任感のようなもの
⑤ 恐怖と逃避したい気持ち
問2
「私は知らない間に、彼女が花を植え替えたのだと理解した。」における「知らない間に」の表現が効果的に働いている理由を説明したものとして、最も適当なものを一つ選べ。
① 主人公が無意識のうちに彼女の変化に注目していたことを示すため
② 時間の経過が速く感じられることを強調するため
③ 彼女の行動が突然で予想外だったことを表すため
④ 主人公が彼女の生活に干渉していないことを示すため
⑤ 花の変化が主人公にとって重要でないことを示すため
問3
「私は何も言えなかった。ただ、雨音だけが響いていた。」の場面で、主人公が「何も言えなかった」最も深い理由を、本文全体を踏まえて述べたものとして正しいものを一つ選べ。
① 雨が強くて声が出せなかったから
② 彼女の悲しみの深さを前に言葉を失ったから
③ 自分も父親を亡くした経験が蘇って動揺したから
④ 他人に深入りしたくないという気持ちが強かったから
⑤ 適切な慰めの言葉が思いつかなかったから
問4
次の文章は、この小説の読後感について高校生が書いた感想文の一部である。空欄( ア )に当てはまる最も適当な語句を、下の①〜⑤から一つ選べ。
「この小説を読んで一番心に残ったのは、主人公が最後にあの道を通らなくなったことだ。( ア )というより、むしろ逃げたのだと思う。でもその逃げ方が、なぜかとても人間らしくて、切なかった。」
① 優しさの欠如
② 向き合う勇気のなさ
③ 無関心の表れ
④ 自己保身
⑤ 過剰な干渉の反動

 

A

興味があり、解いてみました。
問1 正解 ① 警戒と好奇心 難易度はふつう(学齢相当)。
問2 正解 ③ 彼女の行動が突然で予想外だったことを表すため 悪問。
問3 正解 ② 彼女の悲しみの深さを前に言葉を失ったから 難易度はふつう(学齢相当)。
問4 正解 ① 優しさの欠如 難易度はふつう(学齢相当)。
問1はよい問題です。問3と4は設問文(3「最も深い理由」4「というより、むしろ」)と相まつて成立している、出来の良くない設問です。
問2ですが、【「知らない間に」の表現が効果的に働いている】が無理です。【「私が知っている間に彼女が花を植え替えた」はあり得ない】という意味において、「私は(「私が」とあるべき)知らない間に」は自明であり、小説の表現として、無意味です。それを「効果的に働いている」と説明している点、設問の前提に無理があります。その点を回避し、【(自明である事を)わざわざ明記した効果】と読み替えることは可能です。その上で、選択肢を吟味すると、③のみ正解である資格があります。
① 主人公が無意識のうちに彼女の変化に注目していたことを示すため:誤(「その日から…緩めるようになった。」に矛盾)
② 時間の経過が速く感じられることを強調するため:誤(「数週間後、」と矛盾。)
③ 彼女の行動が突然で予想外だったことを表すため:根拠はないが、本文と矛盾しない。
④ 主人公が彼女の生活に干渉していないことを示すため:誤(自明であり、説明になっていない。)
⑤ 花の変化が主人公にとって重要でないことを示すため:誤(傍線部と無関係であり、説明になっていない。)
設問に無理があり、正解が本文に根拠をもたない。二つの点で、成立しない設問です。これは悪問であり、「難しくてびっくり」ではありません。現今の国語教育は、こういう劣悪な問題演習が横行しています。
出来ましたら、どういうテストであったか(定期考査、校外模試、その他)を教えて戴けますか。

 

返信Q

模試です。おそらく学校の担当教師が作った問題だと思います。MARCHより若干上、早慶で出てもおかしくない問題だそうです。

 

返信A

どうもありがとうございました。ところで「模試」とは何ですか。学校は模試(生徒の評価に関係しないテスト)はしません。学校の担当国語教師は、市販の問題集であれ大学過去問であれ、どこから問題を持ってくることも可能です。自作できる教師はごく少数です。そういう優秀な教員は、こういうお粗末な設問は作成しません。設問がよろしくないことは、回答した通りです。
早稲田大学の国語試験をご存じですか。はっきり言ってひどいものです。一貫した論理性もおよそない本文(例えば社会学の教科書)を選んで出題します。早稲田大は、受験者の国語力をまともに図ろうとする意思がありません。その証拠に日本の最高峰私学でありながら、国語試験は完全客観方式(選択式)です。先月話題になった灘中学の方が、早稲田大よりはるかに国語試験としてレベルは高いです。
(私は某大手出版社の教材の検査をして、すでに3桁近い報酬も得ています。)

 

Q補足

「******」さん不正解です。
それから「**********」さんは1問しか合ってません。
息子は3問で、私は2問しか当てられませんでした。
やはりこの問題は難しいと思います。

 

返信A

この問題を作成する人間の作る解答が信頼できる道理がないし、私の説明が理解できないなら、結局は、不適切な問題を難問と誤認しありがたがり、不適切な正解にひれ伏して、それを妄信する結果になるのは理の当然です。
補足内容は予想していました。
では永遠にごきげんよう。

 

(以下、202602241039同文他質問の補足より)

ずいぶんもったいぶってしまいすみませんでした。
正解はこうです。
問1=④
問2=①
問3=②
問4=②

(以下、202602241039同文他質問の回答返信)

中々興味深いやり取りが多くあります。
*******さんの回答が一番興味深い。というのは、作問者がこの人と同様の思考で、問題を作成している可能性があります。特に問①。最近は殊にこの傾向の作問が目立ちます。中受も大受も、例えば早稲田と中京あたりで。「灘中よりもはるかにレベルが低い」所以です。
02241044,02241145は共通して、本文の質に疑問を呈しています。私も同意しますが、、設問の是非とは別です。
02241119は、設問の客観性、妥当性に疑義を呈しています。私も同意します。
問1を不正解する(①以外を選ぶ)人は、国語力がないか、本文を読めていない人です。この設問だけが、本文読解力を測る国語試験として有効です。①が正解である事を詳説はしません。問2以下は、国語力を検査する試験として落第です。

 

質問者からのお礼コメント
回答ありがとうございました。

Q

川の面 と書いて
かわのも と、読んでもらう事はできますか?

 

A

ふつうは無理。多くは「かわのおも」と読んでしまうだろう。

「かわのおもて」が一番普通の読み。ついで「かわのおも」。「かわのも」とはまず読んではもらえない。
ただし、短歌や俳句の5音、7音という制限がある場合には、それとの兼ね合いで「かわのも」と読んでもらえるだろう。

返信Q

短歌につかいたくて聞きました。川面(かわも)では字足らずなので。

 

返信A

後の回答がちょっとアレでしたので、「ふりがな文庫」で調べてみました。「面(も)」の例は50作品以上あります。以下、同じ例(2)、近い例(その他)です。
1 鴨居りて水(み)の面(も)あかるき山かげの沼のさなかに水皺寄る見ゆ(みなかみ紀行/ 若山牧水)
2 あの晩は天竜の河の面(も)を燐の光が迷っていた。星さえ見えぬ大空を嵐ばかりが吹いていた。(八ヶ嶽の魔神/ 国枝史郎)
3 お芥子けしの頭かみが水(みづ)の面(も)に(どんたく:絵入り小唄集 / 竹久夢二)
4 たまたまいい月夜よで、月の光が池の面(も)を黄色く彩りますと、かわずはびっくりして、(太陽とかわず/ 小川未明)
5 野の原に、はた水の面(も)にただよひわたる(有明集 / 蒲原有明)
1は短歌の例で「水の面(も)」、2は散文ですが「河の面(も)」です。短歌で「川の面(も)」は、立派に成立する表現です。先行例がこれだけあります。

 

 

「水の面(も)」の実例もあります。
6 「霧たちこめし水の面(も)に、二ツの光りてらすなり、友におくれし螢火か、はた亡き魂かあはれ/\」(「桂川」(吊歌)を評して情死に及ぶ (新字旧仮名) / 北村透谷(著))
これは、全体が七五調になっていますので、「霧(きり)たちこめし水(みず)の面(も)に」と読むはずです。「水(み)の面(も)」が例としては多いけれども、絶対ではなく、「水(みず)の面(も)」も、過去に実例があるということです。
今回、調べてみて、知識が得られ、私にとって有益でした。あなたの質問と返信の御蔭で、学習の機会が得られたことに感謝します。