アスペ父親の自閉症育児日記 〜ASD DIARY〜 作:ハムス太パパ我が家の長男(小学校高学年)は自閉症児です。長男の育児苦労話や彼を通じて気付いたことを、父親目線で紹介します。私、ハムス太パパは軽度の発達障害を抱えており、仕事や人間関係で悩み苦しんでおります。社会から脱落しないよう必死で頑張っています。長男と私、健常な家族、様々な切り口で自閉症の事を書きます。リンクvwp299265.kagoyacloud.com


小山田氏の所業を見て、思い出したことがある。私の罪を。

今大炎上している小山田圭吾氏の“武勇伝“。内容は読むのが辛いほど酷いもので、気分が悪くなる。障がいを持つ子の親としては到底赦せない。五輪から退場したことは正しい判断だと思う。

『小山田は酷い。赦さない。』

自分はさも清廉潔白、聖人のように“足りていない“彼を非難した。でも、私にその資格があるのか。

小学生の頃、クラスの代表者数人が支援級で給食を食べる行事があった。私はその代表に選ばれ、給食を食べた。その支援級の生徒はほとんど身体ではなく知的に障がいのある子達だった。当時は今ほどディスアビリティへの知識と理解がなかった。私には、変な動きをして突拍子もなく変わったことを呟く“ヘンな子“だと思った。

自分のクラスに戻った後、その知的障がいのある子のモノマネをした。突拍子もない動きや言葉。クラスメイトは私が急にそんなことをしたので、大笑いした。めちゃくちゃウケた。気を良くして何度もモノマネをした。『あれやってよ』と催促されることもあった。

私は障がいのある彼をからかった。流石に本人の前ではないが、これは差別であり、イジメだ。

話を今に戻す。
自分の子どもに軽度の知的障がいがあるのは、過去の罰を受けているのだと思っている。思うことにしている。

私は障がいを持つ人を馬鹿にした

自閉症の長男を育てて十数年。苦労と絶望の連続だった。これは罰なんだ。過去の悪行に対する報いを受けているのだ。苦労し涙する事が自分に与えられた罰で、この罰は死ぬまで続く。そう思うことにしている。
因果応報
私も含め、過去の悪事が自身に返ってくる因果律があるのだろうか。

私は死ぬまで、過去の罪の禊ぎを続ける。苦しみの人生を送ることが贖罪なのだ。
せめて、関係のない長男や家族だけは、この因果律から外したい。
困っている人を手伝う、チャリティーに参加する、人に対して優しく接するなど、可能な限り善行を積むことを日々心がけている。

地獄の苦しみは私だけにしてほしい。

小山田さん、貴方もきっと同じだよ。
悪は必ず裁かれる。貴方は過去の罪で裁かれた。悪人には贖罪の人生が待っている。
残りの人生は、赦しを乞う宿命なのかもしれない、私のように。

嫌悪感を抱いた小山田氏。私も同じ穴のムジナであることに気が付いてしまった。
小山田氏のことを悪く言えるほど、私は善人ではない。悪人だ。


ムジナ(狢、貉)
主にアナグマのことを指す。タヌキやハクビシンのことを指すこともあり、これらの種をまとめて呼称することもある。
「同じ穴の狢」は、一見別のものに見えても実は同類であることのたとえ。

コトバンク、Wikipediaなど

ムジナ