柏崎刈羽原発のある新潟県民は原発再稼働に慎重である。
再稼働容認を選挙公約する候補の当選の可能性は低い。
今回の知事選はそこから始まる。
では、各候補の選挙公約はどうだろうか?
安中候補は、前職の米山路線に一定の評価を加えた上で継承するとしている。(くだらない応酬を避けるため敢えて言及するが、女性問題は別。)
そのうえで、「新潟県にとって最大とも言える問題、原発政策についてですが、これは反対すべきものであります。そのため、原発を廃止するための政策を策定し、実行します。」(本人ブログ)としている。
花角候補は、「原発は3つの検証をしっかり進め、将来的には脱原発社会に全力」としている。
池田候補は「~3つの検証を厳格に進め~丁寧に議論します。~できるだけ早急に原発ゼロへと向かうよう、新潟としての責任を果たすとともに、原発停止後の新潟の産業・社会政策を検討するための新たな会議を設置します。」(本人公式サイト)としている。(気のせいかも知れないがこのサイトを閲覧するたびに表現が微妙に少しずつ変わっている気がするのだが・・・今は穏健な表現)
原発廃止を明確にしているのが安中候補。
花角候補は、将来的には脱原発社会を指向しつつ、「3つの検証」の実行を公約としたうえで自らの判断を示し、場合によっては一旦職を辞し自らの職を賭して出直し知事選で県民の信を問うとしている。
これが意味するものは、まずもって「3つの検証」に対する判断を知事たる自分が下し、それに対する政治責任を担保するものとして、落選もありうる知事選に政治生命を賭けるというものである。
池田候補は、現在の公式サイトでは触れられていないが、立憲民主党・日本共産党・自由党・社会民主党の野党4党が共同提出した「原発ゼロ基本法案」と政策的にリンクしている。本法案に新潟4区選出の菊田真紀子衆議院議員が名を連ねており同議員が知事選前から選挙応援に熱心だったこと、野党国会議員がひっきりなしに新潟入りしていることからすれば、明らかに原発ゼロが池田候補の政策目標である。
だとすれば、なぜ「3つの検証」を進めようとするのか?はっきり言ってこの候補の意図がわからない。「原発ゼロ基本法案」は、「すべての原子力発電所(原発)を速やかに停止、廃止する。」「施行後5年以内にすべての原発の廃炉を決定する。」というものである。にもかかわらず、「3つの検証」に3年以上もかけるというのはどういうことなのか。所詮野党の「原発ゼロ基本法案」はお題目に過ぎないということなのか?
「3つの検証」に意義があるとすれば、パパは再稼働の可否を判断するためのものだと理解している。判断という以上、再稼働「可」の可能性も「否」の可能性も等しくあるという中立的なものであるはずだ。「原発ゼロ」を主張する者にとっては容認しがたいプロセスであると思うのだが、どうだろう?
さらには、このブログの前回記事の繰り返しになるが、再稼働の判断を自らの政治責任とはまったく関係のない「県民投票」という中途半端な方法で県民に丸投げして知事の自らは安泰といった政治姿勢に県民として敢えて疑問を呈しておく。
長々と知事選3候補の原子力政策の話をしてきたが、主張としての分かりやすさでは安中候補だと思う。
花角候補は再稼働の可否には慎重寄りながらも中立的であるといえる。政治生命を賭けて信を問うことで、県民の意向を柔軟に受け止めることのできるオーソドックスな姿勢はうなずくことができる。保守系に対する野党系の決まり文句、「永田町や霞が関の顔色を窺う」との指摘は、こと新潟の原子力政策に関しては当たらない。民意に反していざ再稼働ということになれば、新潟は国政選挙も地方選挙も軒並み野党一色になるかも知れないからだ。むしろ、新潟県の民意をバックボーンに堂々と中央と渡り合えるのではないだろうか。それでも、与党が原発推進を押し付けるのなら、それは新潟県の切り捨て以外の何物でもない。
「県民投票」や「原発停止後の新潟の産業・社会を検討するための新たな会議を設置します」との池田候補の政策は、重要課題を他に丸投げするものだ。「3つの検証」と「原発ゼロ基本法案」との兼ね合いをどう説明するのか?政策関係なしならともかく、政策重視の有権者が清き一票を投ずるかどうか。もし、候補者の公開討論会があったとするなら、そして対立候補なら、真っ先にここを突くはずだ。今一度、論点を整理して堂々と政策を述べてもらいたいものだ。
偉そうなことを言っているが、このブログも随分と論点が整理されていないかもね(笑)
推敲する気力も失せたので、このまま放置・・・・。