嘘は自分が傷つかないようにする為の手段ですが、同時に自分も騙す事になり、いつしか本当の自分を見失ってしまいます。
それは「自己評価」を落とすという事だと思います。
今日の「自己評価」とは、自分自身が素晴らしい人間だと思う道徳的な心の部分です。
どんな犯罪者も最初は良心があり、嘘をつけば「俺って嘘をつく奴なんだ、悲しいな」と思います。
しかし嘘を繰り返すと良心は麻痺し、自己評価も下がり続け、そのうち嘘をついても平気になります。嘘をついても良心が咎めないという事は、犯罪を犯しても良心が咎めることがないという事になります。
これが嘘は泥棒の始まりという事です。
人は罰則があるから己を抑制するのではなく、自己評価によって己を抑制していると俺は考えています。
俺は、嘘はつきません。・・・胡散臭いですかね(笑)
嘘は高度な演技力や記憶力などが必要で、もし発覚すれば信用を失います。そんな高度な芸当は馬鹿な俺には到底無理だし、リスクを背負ってまで嘘をつく理由が無いのです。
堅苦しくて重く感じますが、実はそう決めてしまえばこれほど楽な生き方はないのです。それは、そういう生き方を選ぶと嘘を選択する状況が来ないのですよ。
もちろん俺も人間ですから、気を使ったりお茶を濁したり言葉を選んだりする事はあるかと思います。
「あぶね~、さっきの屁、うんこ漏れてなかったよ」とか。
この自己評価ですが、実は高い人間は低い人間を見破る事ができます。つまり、他人の嘘が分かるようになります。
それは今出た言葉が真実なのかが分かるという事ではなく、発した人間が信用に足りるかどうかが分かるという事です。
たとえば10万円拾ったら警察に届けますか?
・・・実は自己評価は「目に見える」ので、どういう人間がどういう行動をするのかは、分かる人には見て分かってしまうです。
人の性格は行動や目つき、その所作に全て出るのです。とりわけ「歩き方」にはとても出やすく、警察官の職務質問などの第一段階はこれを見て判断していると俺は考えています。(俺は人を殺したいと思うのは自由で、実際にやったら犯罪であると思っています)
自己評価が低い人は、高い人と接すると非常に居心地が悪いと感じるハズです。何を考えているか分からないと思うでしょう。当たり前です。脱法ハーブを吸って事故を起こすような低次元の人間が、骨髄バンクでドナーになるような崇高な精神の人を理解できるハズがありません。
たとえば俺の場合、電車では空いていても優先席には座りません。
たとえ譲るつもりで座っていても、優先席が必要な人は遠慮して優先席には来ないでしょう。
たぶん、俺とよく付き合う人で優先席に座るという人はいないのではないでしょうか?
普段から優先席に座るような人からは学べる事は無いと思っています。俺は聖人になるつもりはありませんが友達は選んでいるつもりです。
ある特定のタイプの人に邪険にされ嫌われる俺ですが、つまりはそういう事でしょう。
さらに上を見れば、電車では他の人の為に座らないという人もいるし、実際はちょっとぐらい悪い事しちゃおうという人も俺は好きですけどね。
全く悪い事を思わない、やらない人は、それは人ではなく神ですから。
こうして自分が良い人でいようと思うと、自然と信用できない人と付き合う事はなくなっていき、まわりは信用に足りる良い人だけが残ります。悪い人間というのは必ずトラブルを起こして周囲を巻き込みます。イヤな思いをします。悪いヤツにトラブルもらった事は誰でもありますよね?それがないだけで日々は平穏なものになります。
しかし非常にめんどくさい!
聞いているだけで堅苦しくてめんどくせーですね!
他人様には強要できません。
でもこうして生きていると、良い話や楽しい話ばかりがやってきて、とても運がいいのです。ボケッとしてるだけの俺なのに、運の良さはだけはフィーバーしてます。
・・・ホント皆さん、ありがとうございます(笑)
宝くじが当たったら餃子を死ぬほど食わせてあげますからね(^-^)
この凄まじいまでの幸運ですが、拾った10万円をネコババする人には絶対に来ません。過去の俺の人生を振り返ってそう思います(笑)
ちなみに俺は金をよく拾いますが、全て名前を告げずに届け出ております。悪い人には金で見れば損しているように思われるかも知れませんが、金が絡む話で助けてもらった額なら数百万円に上ると思います。たぶん高級車一台は買えると思います。
たとえ100万円拾っても同じです。たった100万円でこの運は失いたくないし、100万円届けたらその分、自己評価も格段に高まるでしょう。
でも、なぜか手元には全く金は残っておらず、今だあの「驚きのボロ車」に乗っているのでございますけどね。(本日のオチ)