貧乏は不幸か | 仙人ブログ

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柔術青帯、仙人白帯。
日々の出来事と感じたこと。

高級料理は一年に一度食うから価値があるのであって、毎日食うと価値は無くなります。

それは自分が高級と思える物が食えないのと同じで、貧乏と同じになる訳です。





拙僧、毎月手取り13万貯金なしの一人暮らし時代があったけど、とくにお金が欲しいと思った事はなく、でも何だか寂しいから彼女欲しいなぁ~とだけは思ってました。





いくら金をつまれても寂しさは埋められません。

金では数ある欲求の中で「物欲」だけしか解消できません。







貧乏は楽しむものです。

贅沢とは金をかける事じゃなくて、その時できる自分の精一杯が贅沢だと思います。







俺んちの昔のおもてなしと言ったら金のかからない「鍋」でした。
(普段から継ぎ足しの鍋ばっかりでしたけど)

一つの鍋をボンビーボーイ達が仲良く食う・・・今思えばとても贅沢だった。

男が何人も集まって贅沢を共有できるなんて、もはや二度とないでしょう。




座って1万、食って3万の店も行くには行くけど、今はみんなで大会に出て祝勝会!って方が、どんな店だろうがメシも酒も最高に美味いです。

6時間、3人でビール32杯が物語ってます。
(えー加減にせい・・・)




貧乏の何がそんなにイヤよ。

ちょっとの幸運がとても嬉しい「貧乏」。

それを知るは、人生の大アドバンテージ。





貧乏を知らぬ者が金持ちになる事はない。

知らぬ者は金を求めて彷徨い続けます。





実は金では楽しさも買えません。

俺は今、いくら積まれても柔術はやめられませんな。

まぁ1億円だったらちょっと考えるかな(笑)





お金は生活レベルが上がるだけ。
幸せと混同するには無理な話です。





楽しく生きられない事を、お金が無いせいにしてはいませんかな?




別に皮肉や極端な話じゃなく、1日3食、布団で寝れればまずそこからです。

それでもお金が欲しい人は死ぬ気で働けばいい話です。


お金がお嫌いなんですね、と思われるかも知れませんが、実は今年は新年会が5回ほどある予定でして・・・誰かお金貸してもらえませんでしょうか。