幸せとは(20年ぶりに父親と会ってきた話) | 仙人ブログ

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柔術青帯、仙人白帯。
日々の出来事と感じたこと。

俺の両親は小学校3年の時に離婚しました。俺と幼い弟は母方に引き取られたのですが、今日はその20年後・・・つまり20年ぶりに父親と会ってきた時のことを書いてみます。


離婚当時、 父親が滅多に家に帰らなくなり、話し相手が居なくなった母親が、救いを求めるように変な宗教にハマりだしました。

狂ったのです。


その影響で俺は母親に叩かれるようになりました。なぜ悪いことをしていないのに叩かれるのか、凄く怖くて悩みました。叩くのは布団叩き。

不気味な暴力で最悪でした。


その後の片親生活はまあ貧乏で最悪でしたね。まぁ一番イヤだったのは父親がいない事を友達にかわいそうと思われたりする事でしたが。



離婚の時、母親には男がいたんですが、俺は成長していくにつれこの男と仲が悪くなっていきました。いつも酔ってグダグダなんすよね。

もう最後の方は殴り合いでしたわ。下手したら入る所に入ってますね。




どうする事もできず、誰にも相談できず、キチった母親の顔色をうかがい、負の掃き溜めのような家で9年間生きてきました。

ずっと周りのみんなが羨ましかったです。



高校を卒業して就職し、すぐに家を出た。
出なかったら人殺しになっていたと思います。

その後は北海道~九州まで、バイクにテント一つで旅する日々が続きました。夏の北海道には4年で4回上陸しました。


その時の手取りは13万ぐらい・・・一人暮らしとバイクのローンで精一杯だった。
でも今までの生活を考えれば、毎日天国でした。



その後も紆余曲折はありましたが、結婚して、家も買って、長女が生まれました。
でも何か心の中ではめでたし、めでたし・・・とはいかなかったのです。



そんな時にちょうど親戚から、父方のおばあちゃんが岩手で暮らしているとの情報を得て、夏に帰省した際に会ってきました。

ばあ様泣いてましたわ。孫も連れて行ったので、その顔も見れて嬉しかったろう。そしてそこに電話番号置いてきたら、後に父親から連絡があったわけです・・・。




最初は会う気は無かったんですが、離婚当時の事を聞いてみたかったし、どの程度の男か多少は興味があったので会う事にした。

そしたらまじ最悪(笑)


娘や嫁の名前を聞いたら、まず画数による姓名判断を始めるんですよね。何だこいつは、と。


そして気づいた事。
凄く珍しいけどいるんですよ「ホラ吹き」という種族が。直前に会った別のホラ吹きと話し方や話のクセ、全く同じ。

何でも、中国からキクラゲ仕入れて、百万単位で化粧品メーカーに売るんですと。20年ぶりなのに資料出されてそんな事を語られた(笑)ガーン


最後まで自分の住所すら言わないし、子供の事も一つも聞いてはくれなかった。




離婚当時3歳位で別れた弟も、今は大学出て元気にやってますよ、と伝えたら「弟には会わなくていいや。2歳頃から喋り初めて気持ち悪かった」とか言いやがりました。一番会って何か言わなきゃいけない相手にです・・・。


アゴ粉砕してやろうかと思いましたわ(笑)



俺はずーっと父親が欲しかったハズなのです。でも「人は欲しいものというのは手に入らない、もしくは手に入れた時点で既に必要無い」場合が多いのですよ。人は成長しますからね。


たくさんの人生経験を積んで一人前なった男に、父親が要りますか?


ずっと探して心配してた、とか言うんですが、証拠も根拠もない事を言っても看破されますって。人間性の乏しさが悲しかった。ありもしない家督だの、見栄、金の話ばかり。 たぶん二度と会うことはないでしょう。






結局俺には遊んでもらえなかったり不穏な家で育った心のキズだけが残りました。俺は自分に区切りをつけて、せめて自分の子供達には同じ思いはさせまいと最高に楽しい父親である事に専念しました。


そして、気づいた。

欲しかったもの、失ったものは、手に入れるのではなく与える事で癒されるのだと


無かったものを全て子供に与える事で、俺に足りなかったものが不思議と埋まっていくのですよ。







ちなみに母親ですが、会うと俺の脳みそがどうしても敵対信号を出すのです。子育てしていくにつれ、こいつは万死に値するな、と。


それでも育ててくれたとは俺も思いますが、子育ては義務です。仕事と同じです。やって当たり前をエライとは言いません。法律で決まっています。やらなきゃ逮捕される事をやって偉いとは言いません。みんなやっています。


・・・とまぁ毒づきたいところですが、実は悲しいかな「縁」が感じられないのです。
「縁を切る」なら縁があるのですよ。俺は父親とも母親とも、切る縁が見当たらないのです。

俺には血の繋がりの尊さが全く分からないのです。


でも思うに、親子関係とは信頼と楽しい時間を長く共有してこそなるものではないでしょうか?
血が大切なら20年ぶりに会った親が鬼畜殺人犯でも大切にしろという事になりますし、血のつながっていない家族を俺は知っている。



母親も最近、取り繕う縁が無い事にやっと気づいたみたいで、急に金を送ってきよったり。

いらねーっちゅうの。仙人に金は紙切れですよ(笑)

金の要らない人間に言うこときかせるのは無理です。子供をさわらせたくないし顔見たくないですね。




後に気づきましたが、事の発端であり父親が会社に泊まり込み家に帰らなくなった理由・・・それはきっと弟の夜泣きです。・・・こいつにゃ耐えられないな、と(笑)
飲酒運転で事故って死にかけたり、赤ん坊だった俺をポンポン投げ、窓枠で前歯折った糞バカですからね。



前歯の無い赤ん坊を抱えた母親の心情は如何なるものだったでしょうか?


そして子供から遠ざけられ、後ろめたくて育児をせず全く成長しなかった父親。





俺は離婚は仕方がないとは思う。
でも一応子供を思って通帳作って毎月貯め続けるとかする誠意があれば、ちょっとは感動したんですが・・・もうどうでもいいっすね(笑)







以上の人生経験から勉強になった事は「欲しい物は与えることでのみ満たされる」でしょうか。

もし愛が欲しいなら、愛を与えろという事です。

俺の場合は家族、家庭がずっと欲しかったので、今はそういう家庭の舵取りをしろ、ということですな。
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まとまらない上に長くなりました。今は幸せになったからいいんですが、なんか忘れちゃいそうだから、忘れないうちに書いとこうかな~と思いましたわ。


しかし、こう書いてみると子供の頃には重い問題でしたが、今は別に大した事はねーですな。9年間で養った並々ならぬ根性は今も役に立ってるし、悩みも不満も無い。


父親がいなかったので、どう父親をやったらいいのか分からなくて悩む時もあるけど、やさしく 強く、面白く、頼りになって、家族を愛し、アウトドア派で料理万能のスーパーお父さんを今は目指しています。

↓その修行中の俺
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余裕がありすぎる様子です。





さて、次回の仙人は、同じ内容をバイク乗りの側面から書いてみたいと思います。

世も人も信じていなかった。

ひたすら独りで走り続けた4年間、語られる事のなかった 「仙人エピソードZERO」 を・・・(笑)