昨日はおとまり | いつか大きくなるあなたへ           ~シングルファーザー奮闘中~

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娘と一緒に楽しくも格闘しながら
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はるかへ



昨日はお泊りで知り合いのところにいっていました。

パパはその間仕事をしにいって、夜も遅くまで活動していました。

お泊りができるのは本当に助かります。

はじめてのときは心配もしたのですが、すんなりとなれたようです。

いまは全然、平気でパパのもとを離れていきます。

きっとこれからもっともっと離れる時間が増えていくのだろうと思います。




【やさしさについて】


 その後、余興がありました。北区の劇団の方や、つかさんの知り合いにお願いして楽しい余興が続きました。シャンソンあり、ダンスあり。

 つかさんの舞台ではいつも華麗なる歌声を披露してくれる方が、「二人の幸せを願って、『マイ・ウェイ』を歌います」と、甘い声で優しく包むこむように歌い始めました。それにあわせて、彼の友人のダンサーが踊ります。みんなうっとりとその歌声に聞きほれています。歌い終え、万雷の拍手が起こる中、「どうぞ幸せになってください」と、彼が座ると、つかさんの目がすわっています。

 みんなの興奮とは裏腹に、つかさんだけは、それまでの酔いがさめたように、パパをにらみつけていました。

 やばい……と思ったそのときです、「おい!」とパパを手招きしました。

 おそるおそる、高砂席からおり、つかさんのところに向かいました。

「あいつはあの歌じゃねえだろう。おまえまだオレの芝居がわかってねえのか」

「……」

「何年オレのところで芝居作ってきたんだ」

「はい」

 当然、この程度のことは起こるだろうと、想定内。パパはつかさんのご注文にこたえられるよう、彼のつかさんの芝居での持ち歌を用意しておきました。

「『アドロ』だろ。すぐに出せ!」

 と怒りながら指示します。パパは、会場の音響係りにセットさせて、カラオケをかけさせました。

 短調のメロディーが流れ『アドロ』を、彼は歌い出しました。


♪~ アドロ 灰色の街~


 確かに死んでもいいから愛し合うという男と女の歌です。

 短調のメロディーがこれからの二人を暗く祝福してくれます。

 歌う方も不安な顔。

 しかし、歌い終わるとつかさんはご満悦。

 一瞬の静寂のあと、会場から割れんばかりの拍手が起こったのです。いつまでも鳴り止まない拍手。観客と化した親族たちの中には泣き出す人もいて、つかさんの芝居の客席にいるのとまったく同じ興奮が伝わってきました。

 まさに、ひとつのエンターテインメントの型をみせてくれました。

 決まりはない、とにかく、人を喜ばせること、どんなやり方でも、目の前にいる人を喜ばせることができるなら、禁じる手はないということ、それがエンターテインメントなんだということを実感したのです。


 次から次につかさんの関係者が、芸を披露してくれます。

 それをうれしそうに見つめながらつかさんは、「うちの劇団は実力があるなあ」とうなっていました。

 つかさんはお芝居の本番を、客席で見ることはありません。いつも舞台の袖に立って、隙間から、役者たちの姿をあたたかな目で見つめています。

 つかさんの芝居は毎日のように、口でたてながら変わっていきます。舞台の初日がきて、本番の公演がはじまっても、開演前の時間を使って稽古をして、なにかしらセリフを変更していきます。たとえ現場にいけなくても、この芝居がよくなるならと思いつけば、電話をかけて、携帯電話を役者に握らせて、セリフをつけていきます。そうやって、毎日役者たちは独特の緊張感の中で、本番の舞台に立ちます。

 96年に上演した「ロマンス」という芝居の本番初日には、本番中、主役2人だけで延々と50分くらいのシーンを舞台上でやっている間に、楽屋でほかの役者たちを集め、次のシーンの稽古をしていたということもありました。

 もちろんできあがったシーンにも主役の2人は登場します。いざ、そのシーンになると、聞いたこともないセリフの中で2人はドギマギしているリアルな反応が、ちょうどつかさんの描こうとしていた2人の気持ちにはまり、演技とも素とも思えない独特の瞬間を生み出したのです。

 つかさんはそんなとき、必ず、袖に立って、客席の反応と、舞台上の役者たちの姿を優しいまなざしで見つめています。

 貧乏ゆすりをしながら、役者が上手にできるだろうかと、本人が一番緊張しながら、じっとみつめ、役者の芝居が、観客にうけいれられ、大きな笑いや大きな涙を生み出したとき、本当にうれしそうに、笑みを浮かべるのです。

 パパはその瞬間に何度も立ち合わせてもらいました。

 披露宴での、劇団のみんなの芸を見ているつかさんは、まさにそのときの優しい目をしていました。

「バカだなあ、あいつは」

 などと言いながら、うれしそうに笑っていました。

 あのあたたかな目は役者を愛する目でした。

 当然、当日に大量のセリフを与えて、それを完璧にこなせるとはつかさんは思っていなかったと思います。つたないながらも誠意をもってそのセリフを伝えよう、このシーンを完成させようと、役者たちが必死になっていく瞬間をつかさんは一生懸命に作っていいたのだと思います。観客はその誠意の中に技量を超えた感動をみていくのだということを教えていたのだと思うのです。

 だから真剣に怒り、開演直前までの稽古ではギリギリまで役者を追い込んで、崖から突き落とすように放っていきます。そして舞台で輝く姿を、まるで親が子の成長を楽しむように、あたたかく見守り続けるのです。

 そのために厳しい時もありました。

 当たり前のやさしさなんかつかさんには恥ずかしくて表現できなかったのです。