癌告知日 | 父と娘 

癌告知日

今日ほど病院へ行く前に緊張したことはない。

幼い頃のピアノの発表会や受験、就職の面接、今まで経験した様々な場面とは全く異質な緊張。


仕事へ行っても、今日告知されるのだと思ったら集中力がなくなった。

先生はなんて言うのだろうか、それより父がどんな反応を示して、今後どういう気持ちになり、どう行動するのか。

予測がつかず怖かった。


先日先生と決めたのは、大腸癌は告知するが、肝臓の腫瘍はそれが転移したものであることは伏せるということだ。もちろん余命のことも。

しかし、勘のいい父にいつまで隠していられるかが一番の問題。


先生は、今晩言うと言っていたが、もう済んだのかどうかわからず不安な気持ち一杯で病室へ向かう。


「お父さん。」と声をかけ、顔をみてすぐに、まだだということが判った。

今日の検査は、自転車に乗って心臓の状態を調べると言うものだったそうだ。

検査検査で元気の無い父。元気ないねと言うと、”そらそうやで”とうつむいて言う。

病院では、入院の患者の検査はいつでもできるからという理由で、外来の患者の検査が優先される。だから、父の検査も時間が不確定で、外来の患者の前だったり、その後になり、しかも時間がどんどん遅くなることもある。そんなことですらきっと、もうひと月になる入院生活の中では気持ちを滅入らせるものになるのだ。

最近は特に少しでも長めに話をしようと思っているので、そこそこ話をした。

去り際に、「検査ばっかりやし、手術控えてナーバスにもなるやろうけど、今辛抱してきっちり治したらええやん。あんまり暗い気持ちにならんとね。笑う門には福来るやで!」と言った。

”笑う門には~”を聞いた瞬間、父の横顔が笑顔でくしゃっとなった。

それを見ただけで、なぜか涙がこぼれそうになったので慌てて”おやすみ”と言い残して出た。


病室を出て、ナースステーション横を通って帰るのだが、中に担当の外科医の姿を見つけた。

一応ご挨拶だけでもしようと思い、声をかけた。

今から面会ですか?と聞かれ、もう終わりましたと言うと、これから父に告知をするところだと言う。

父には、”娘さんの方には、明日電話でお知らせしておきます”と言ってもらうことになっているので、その口裏合わせの最終確認をして、「よろしくお願いします」と深々とお辞儀をして帰った。


エレベータに乗る。涙が出そう。

何に対してなのかわからない。父を亡くすその日までまだ泣くことはないと言うのに今からこんなメソメソしてどうするのか、といつも自分に言い聞かすが、自然と目の奥が熱くなる。

1階に着いて、駐車場まで猛然と走った。

誰かに泣いてるところを見られたくない。


車に乗ると、どこかで落ちないように頑張っていた涙が膝の上に落ちた。


明日、父はどんな様子だろうか。

癌を宣告された人の気持ちなんて簡単に推し量れるものじゃない。