恵比寿にあるウエスティンホテルのインペリアルスイートでゆっくりと朝食をとっている時、
私は会社がある目黒駅前の
『すき家』で200円の玉子かけご飯を食べていた。
ふと見上げると、カウンターの向こうには隣の部のKさんがいた。
同じタイミングで食べ終わり、ほぼ同時に外へ出たので話しかけた。
「おはようございます。Kさんはよく利用するのですか?」
「ほぼ毎日ですよ。 Willieさんは?」
「私もかなり利用してますよ、週に5日くらいかな。
ところで今朝は何を食されました?」
「豚汁たまごかけごはんですよ。」
「あの280円の高級モーニングですか! 私には夢のような食事です。」
と話ながら、勤労意欲を持てない会社まで歩いてくる。
うちの会社が入っているオフィスビル(大社長が所有する)の隣にある
格安ジュースの自販機で100円の烏龍茶を買いエレベーターに乗る。
・・・。
これが一般的な働くお父さんの姿である。
ささやかな楽しみは自販機の前で
『壇蜜に僕の玉を露出』
と妄想をしてニヤつく。
自分でいうのも何だが、一点の曇りもない生粋の変態である。
そんな平凡な毎日を過ごしている私に、K君(前出のKさんではない)がこんな誘いをしてきた。
「明日、暇ですよね。」
この男は失礼という言葉と一緒に生まれて来たに違いないと確信する。
「なんで?」
「たぶんお暇だと思いますが、銚子まで朝めし食べに行きませんか?」
「・・・なにそれ?」
「良い店を見つけたんですけどね、暇だろうからお誘いしてみました。」
「当らずとも遠からずだが、何時に出るの?」
「うちを3時には出ようと思います。」
彼の家は千葉の流山。
三多摩地区の我が家から60kmほど離れている。
しかも目的地はその彼の家から100km先。
大よそこんな感じ。
チワワの様な目をしながら話すので、可哀想になり付きあう事にした。
そして時間だけが過ぎ、特に片付いた仕事も無いまま会社も終わり
帰宅して時計を見ると、午後10時。
大社長は夕方さっさと運転手つきのリムジンでご帰宅されたが、
私の様な下々の輩は満員電車に揺られヘトヘトになりながらの帰宅。
生きてることに感謝。
身を清める為、風呂に入って着替え、流山に向かう事にした。
Kという男は、少しばかり頭の出来が良いだけで他人を見下す癖がある。
彼が考えるピラミッドに身近な人物を当てはめると、
まず最底辺に『浜松の仙人』、
一つ上にうちの『大社長』、その少し上に『私』が来る。
何れにせよ、カースト制度でいう『不可触賤民』の範疇に変わりは無い。
少し寝てから、なんて考えてうっかり寝過ごしてしまったら蛇の様なしつこさで
罵り続けられる事は必至である。
そして出した答えは、 『彼の家の前で寝る』 というものだった。
ならさっさと家を出て流山に行こうと思うのは当然。
帰宅後の深夜外出でも、行き先すら聞かれなくなった自由な私は
エコカーに乗って出かけた。
『もしかしたらあの男、このまま私に運転させて銚子まで行くつもりか!』
と不安も過ぎったが、彼の家の前にある広い砂利の駐車場に無断で車を停め、
静かに車中泊を始めた。
普通の観察力を持つなら私の車を見つけるだろうと信じて深い眠りに・・・。
・・・・ ・・・ ・・・・・。
眩しいなぁ、私は可愛らしいつぶらな瞳を開け、光る方向を見た。
怪しい光の向こうには、腹黒く歪んだ精神を持つ邪悪な顔をした彼が、
黒い光を放つ懐中電灯で私の顔を照らしながら笑っていた。
「電話しても出ないんで、近所を探し回りましたよ。」
「ここなら分かると思ってさ。」
「まさか目の前にいると思わなかったんで、コンビニで寝てるとか思いましたよ。」
自分の観察力の足りなさを恥じるでもなく、こんな近くで寝ていると思わなかった
と憤る彼を見上げながら、結婚式で見たこの男の両親の顔を思い出した。
寝ぼけながらも、助手席に乗り込まれては困ると瞬時に判断した私はドアロックした。
彼は目論見が外れたという顔をして
「さあ、車入れ替えましょう」
と言ってきた。
流山から一般道をひたすら走り、銚子港へ向かった。
途中、前を走る 「 たぶん居眠り運転のトラック」 が脱輪しそうになったりと
危ない場面もあったが無事に到着できた。
実は彼の時間の読みがお粗末で、このまま行ったら早過ぎちゃうということになり
『犬吠埼』
の灯台を見て行く事になった。
この日は風も穏やかで、犬が吠えている感じはしなかったが
散歩している犬が彼を見て吠えていた。
犬は本能的に悪人を見分けるという。
その後、あんなに吠えていた犬が私には笑顔で尻尾を振って見せた。
本当に犬は賢い。
郵便局にはお世話になっています。
朝日が昇る。
高いところが好きな彼は、断崖絶壁へ近づいていく。
私は彼の背中を突き飛ばそうとしたが、ポケットから車の鍵が出ていることに気が付き
帰りの足を心配して思いとどまった。
自分の車で来ていたら間違いなく崖から蹴り落としていただろう。
・・・。
彼のお蔭で余計な寄り道もしながら、目的地である
『お食事処 浜めし』
(←リンク先へ)
に着いた。
8時開店とほぼ同時に入ったが、あっという間に満席。
平日だというのに地元の方だけではなく、我々の様な観光客?もいた。
注文時には空いている席もあったが・・・。
彼におすすめを聞いてみた。
「店は調べましたが、何がおすすめかは知りません。」
「君って男は・・・・。」
私は刺身定食をお願いした。
彼は私が鯖アレルギー持ちだと知ったうえで、鯖の焼魚定食を頼んでいた。
これでは互いのおかずをシェアできない。
自分勝手で
「他人くたばれ我繁盛」
を座右の銘にする彼らしさが出た瞬間だった。
海よりも深く、そして空より広い心を持った私は黙って食事をいただくことにした。
刺身が美味しいからか? ご飯が美味しい。
大食いでは無いのだが、ついおかわりをしてしまった。
・・・
お腹もいっぱいになって、帰路につく。
道中、ちらちら横目で私が寝ていないか確認する彼。
少し黙っていただけで
「他人に運転させて、平気で寝てらっしゃるかと思いました。」
と言い出す。
睡魔と闘いながら緊張した時間が過ぎていった。
無事に流山の彼の自宅に着いた時、ある事が判明した。
なんと! 彼が店に携帯を忘れて来たのだ!!
v(^-^)v
私は小さくガッツポーズをした。
普通の人なら素直に諦めて往復200km走って取りに行くのだが
往生際の悪いこの男は、
「宅急便の着払いで送って欲しいと頼んでください。」
と言い出す。
「そんなの自分で電話すりゃあいいじゃない!」
というと
「電話がありませんから」
ひゃひゃひゃひゃ!
そりゃそうだ、電話が無いんだ!
とっさに彼に背を向けた。
こぼれ落ちそうな満面の笑みを見られてもまずい。
何だかんだしながら、結局また往復200km走って携帯を取りに行く事になった。
今度は助手席に私ではなく、不機嫌な新妻を乗せて。
この日、東京でも黄砂やPM2.5への注意喚起がされていた。
そんな黄色い空でも、何故か私には
真っ青に澄み渡る空
に思えた。
なぜだろう?