今年一年


どれほどのスピードで


どれほどの熱意で


生きてきたのだろう


後悔はしていませんが


満足はできません



来年は


自分を誇らしく思いながら


振り返れるような


一年にしていきたいと思います





人は一人で生きているわけじゃない どこかで必ず誰かに支えられている


それは確か


でも


人は自分の人生は


自分で歩いて行かなければならないもの



誰かに支えられ、助けられ


背中を押され、手をひかれても


足を一歩踏み出すのは自分自身の力


歩きだした自分を誇りに思い


目指すところへ


ただ


まっすぐに進んで行けばいいのです


まっすぐにまっすぐに


ひたむきにひたむきに


生きてゆけばいいのです



僕はそう思います。




久しぶりに電車に乗りました。


当然ながら


あり得ないくらいの密度で


見も知らぬひと同士が


肩を合わせる距離間で


そこにいます



豹変するひと



ほんの数秒前の笑顔が幻のように



無表情に


または


敵意のあるまなざしをして



「すみません」の


ひとことも発せず


自分の進路上にいる他人に体をわざとぶつけるようにして


かき分けて


電車の外へ




ほんの数秒前


自分のコミュニティーの中では笑顔を見せていた


ごく普通のひとが


豹変する



周りの人の


電車を降りる人への配慮も足りないのかもしれないけれど




豹変した攻撃性は


誰かを傷つける




「誰かの何かを礎に、ひとは生きていく」





誰かの何かを傷つけないと


僕たちは生きていけない


いや、正確には


生きていくということそのものが


それを内包する



誰かを傷つけないと


ひとは生きていけない




けれど



誰かを傷つけなくても


電車からは降りることはできる



自分のコミュニティーの中で見せる愛を


外側にも向けていけないのかな



他人は


愛せないのかな


他人は


尊重しないのかな


そしてまた明日


同じコミュニティーで同じ笑顔を見せるのかな




攻撃的にひとをかき分けていくひとの背中と


モノのようにはじかれる誰かの背中を眺めながら


電車の中


ひとり少し


さびしい気分になる








若気の至りと言いますか


若さゆえと言いますか


若い時は往々にして


世間を知らず


己を知らず


自分を過大評価して


夢と希望に満ちあふれるものです


そして大人になるにつれ


世間を知り


己を知り


自分の可能性の伸びシロを考えるようになり


夢と希望を何か別のものに転嫁していくのかもしれません



そこで


ふと僕は思うのです



大人になり


幼いころに比べ


世間を知り


己を知り


自分の可能性の行方に疑問を持つようになった果てに


そのすべてを知るわけでもない世間に怯え


未だそのすべてを知るわけもない己に絶望し


世知辛い現実にただ打ちひしがれて


自分を過少に評価してしまってはいないだろうか




自分の知る世界は狭く


知らない世界はむしろ果てしなく広い


自分の知る己は真実ではなく


自分の思い描く己でしかない


ポジティブにもネガティブにも



知ることは怯えること


でも知ることで初めて


人は成長する




知ることに怯えず


自分自身に怯えず


何かを探し求めて


強く生きていきたいものです