かみさんの妹が亡くなりました。11月2日10時過ぎ。まだ43歳。子宮癌でした。6月位から、腸も癒着して
何よりも食べるのが好きだった彼女は、食事も摂れなくなりました。見る見るうちに痩せて行きました。
旦那さんは、検事さん。年下だけど、いまひとつ絡みづらくて、ほとんど会話したことなかったけど、
妹にとっては、心の許せる数少ない存在でした。死後のことも彼に頼んでいたようで、翌日は、お通夜
でした。岩手から彼女のお父さん、お父さんのお兄さん、お母さんの弟さんが飛んできました。
幸いかな、お母さんとかみさんは、臨終に立ち会えました。私は、母と娘を連れて、参列しました。
若すぎる喪主のせいなのか、若すぎる死のせいなのか、式には違和感を感じつつも、無事終わりました。
かみさんにとって、二人っきりの姉妹であり、上京している自分を支える大きな存在がいなくなってしまったこと、
これから先、つらい時が続くと思います。支えなければと強く感じています。
人の死に直面すると、いろんなことを考えさせられます。改めて「生きている」ということを考えさせられます。
食べること、起きて歩くこと、しゃべること、怒ること、笑うこと・・・。当たり前のことができない人たちが
大勢いて、同じ世の中で生きている。私は、宗教などとは程遠い人間ですが、五体満足で生きている
現実そのものが「自由」なんだと妹の生きざまをみて思いました。失敗したり、違反したり、借金したり、
そんなことも「自由」。生きていれば、やり直せる。後悔しても、また一から始めるもよし、新たな道に
チャレンジするもよし、現状を受け止めてそのままを維持するもよし。自分の意志で、自分の体を
自分の頭を動かして、自由に生きる。妹は、私にそう教えてくれたのだと思っています。
11月2日店を開ける30分前、10時27分に妹が亡くなったとメールが入りました。その3分後店頭に
修行僧のお坊さんが来ました。正直「ぞっ」としましたが、妹が亡くなったことを伝えると、お経を
読んでくださいました。店主になってから一度も修行僧が店に来ることなどなかったのに。
生まれて初めて修行僧に賽銭をしました。来年は、厄年みたいなので、この修行僧のところに
行こうと思います。
ながながと書きましたが、皆さんも「生きている」を一度考えてみてはいかがでしょうか。
唐揚げ屋のおやじでした。