「本当かい? 」
「ええ、本当よ。だってジャンは父親も母親もレーサーだったの。それも名馬のね。そんなサラブレットが遅いわけないじゃない。パパはそれを見込んで、ジャンを競売で買ったのよ。今は農作業として、土を耕してもらってるわ」
ジャンの足は他の馬たちと比べると太く、筋肉が鋼のようだ。ナトーの娘アリアと一緒にいることで、トコの警戒心が途切れたのか、近づいてもジャンは先程の行動はせず、他の馬たちも緊張がほぐれ、眠っている。
「明日、パパに頼んであげるから、今夜は泊ってって」
「うん、ありがとう」
お礼を言いつつ、トコの視線はジャンを見つめたままだった。
こうして、トコは今晩、アリアが母親に事情を説明し、泊めさせてもらうことになった。アリアと同じベッドで横になり、しばらくおしゃべりをしていた。
「パパはね、すっごく私に甘えん坊なの。パパのお仕事のお迎えに行くと、直ぐに駆け寄
ってきて、抱っこするの。最初の頃は、私から走っていたんだけど、もう、最近は決まりきっちゃって、なんか飽きちゃったのね。それで今度はパパから走ってくるの。周りの人がいるのに徒競走みたいに走ってきて、もう恥ずかしいったらありゃしないわ。トコのパパは? 」
そう言われて、アリアから視線を外し、天井を見つめたまま、トコは黙ってしまった。
物心ついた時にはすでに父親はいなかった。「とても優しく、穏やかで、そしてなにより勇敢な人だった」と母さんは言っていた。その数日後、飼ってた金魚が死んでしまった。金魚は水面に半分だけ浮き上がったまま、ピクリとも動いていなかった。触っても全く反応が無かった。
「死んじゃったのね」
母の言葉を聞き、その時初めて生き物が死んだということがわかった。
金魚を近くの土の中に埋めた時、母さんに訪ねた。
「ねぇ、父さんもこの金魚みたいになっちゃたの? 死んじゃったの? 」
振り返って後ろに立ってた母さんを見ると、母さんは優しく、穏やかな表情をしていた。日の光に包まれながら、母さんは言った。
「死んでなんかいないわ。私たちをいつもどこかで見守っているわ」