役割 | 黒い森 シュヴァルツヴァルト

黒い森 シュヴァルツヴァルト

~キホクノキオク~

小さな町に起こったある魔法のお話を書き綴っています。
黒い森 シュヴァルツヴァルトへようこそ

妹の泉です。
目に見えぬほどの小さな雪が空から舞い降り、地面に溶けてゆきます。
わずかな白いかたまりがくずれて透明な水になり、地に吸い込まれるたびに、世界にちいさなひとつの響きが生まれます。
 
響きが広がるたび、まあるい波紋がつぎつぎに生まれては消えてゆきます。
わずかに大きさや速度がことなり微かに違う音階を奏でています。
 
真っ白な世界で、極々微量の響きたちは形あるものから透明へと変化します。
その間の膜のような世界で、星屑のようにきらきらとはじけながら、天の川のように間の世界を流れてゆきます。
その星屑のような流れは、世界に一瞬虹として生まれてゆくのです。
 
雪が水へとなり、また地に吸い込まれてゆきます。
そのたびに、ああまた水たちはこれからさまざまな年月を、その身に刻んでゆくのだと思います。
あるものは濾過されていき、あるものたちは様々な痕跡を体に残して味わいを深くしてゆきます。
 
水の一部は植物の根の中へと入って行き、植物の見えぬ力となります。
あるものたちは、地をつたってどこかの川の流れの一部になります。
あるものたちはまた地から蒸発して、より軽くなり空気に溶けてゆきます。
遥か永い永い年月をこのように巡り巡っていますから、私たちはもうすでに年月を感じられないほど、永く旅をして変化し続けているのです。
 
それぞれの水はそれぞれの役割を担っています。
 
私は泉のひとつですが、岩や石たちの時間と同じくらい長い年月をかけて濾過されて地底より溢れています。
そして、最も月日を重ねて水として研ぎ澄まされ純化された役割として存在しています。
 
海は生命の記憶をとどめたり、海の前に個を忘却させる役割を果たしています。
川は変化と変わらぬものを共にみせて、時の流れと心の流れをみせる役割を果たします。
湖は静謐と波紋をテーマとして静かな鏡のような境地を表す役割をしています。
雨はこの地にあるあらゆるものを洗い、時の埃を洗い流します。
ここで水の仲間は一斉に解き放たれて、地へと生まれてゆきます。
雪は水の結晶の内に、風をふくんで、あらゆる音も色もすうっと身に浸透させてゆき思考のかけらを風の音で包んで消してゆきます。
 
無数の微細な音が重なり
地と空の境目にはじけて流れる天の川
 
その隙間の悠久に魔法があります。
 
ただただ飲み込み降り積もる雪の有り様の裏側に
しんと立つような、時の世界を超えるような、魔法がこめられています。
 
 
 
黒い森もすっかりと冬になり
霜が降りてくる季節になりました。
 

私は変わらずに岩の隙間より湧き出でて、太陽の光を浴びて、様々な森の変化を全身で感じています。
こんな雪の物語が、白い森から木枯らしに乗って流れ着いてきました。
 

雪の物語と共に、つららの夢も届きました。

つららはたくさんの水が流れ落ちる内に凍って生まれた、時の結晶です。
 
つららは結晶であり、鍵盤のようであり、
つららにつたう雫たちのリズムは時を表しながら様々に流れ落ちてハーモニーを生み出しています。
 
つららの雫をみつめながら、止まることのない時の流れを感じることが出来るのです。
 
とどまることなく変わりつづける中で、溶けては固まり固まってはまた溶けてゆきます。
ひとつとして全く同じ形はないはずなのに、どこか永遠普遍の面影をみせてゆくのです。
 
一滴の雫をみつめれば、そこに映り込んだ世界を見ることができるでしょう。
 

寒気の中の陽だまり
冬の中の小さな春の陽気
 

その移ろいを感じながら
私は地下より溢れて、空気を溶かし込み、彩りを映し込み、ただただ流れ続けています。
 

キラキラ反射している水面は
空からみると、まるでお空の星のように光っていることでしょう。
 

ちいさな泉ですが
この地にあるたくさんの星のように
命を映し込み
光がはじけている
ちいさな鏡にみえることでしょう。