く今は「60才のトリセツ」を再読中です。黒川伊保子さんの本は面白くて好きです。脳科学者なのですが、わかりやすく、具体的で前向き。

「脳の本番は56才から始まる」を読んだときにも当時56才だった私は大いに励まされました。記憶力などのピークは28才で、徐々に下降線を下るけれど、出力のピークが56才だというのです。


で、私の56才、なんか、パッとしなかったような気もしますが、私なりのピークだったのでしょう。


60才のトリセツは確か、コロナ禍に読んだように思いますが、やはりどんどん低下する記憶力、内容をかなり忘れており、再読することにしました。60代は気付きの世代。世の荒波を乗り越えてきてしまったため、予測がつきやすいので、下手すると口うるさい人になってしまうそうです。確かに自分も含め、周囲はそうなりがちな気がします。


成人した我が子に禁句なのは結婚と出産、孫育てへのよけいなアドバイス。


どんなに未熟に見えても、心配でも、本人たちに任せなくてはいけないそうで。


私は娘が夫婦喧嘩のことで愚痴ってきたとき(八つ当たりしてきたとき)相当心配しました。


でも、どんな決断を下そうとも、失敗しようとも、口出しNGです。出産も本人にその気がないなら、決して薦めるまいと心を新たにしました。


本音は…こどもは望まれて生まれてきて欲しいのです。孫の不幸など、見たくない。


まだ読み途中ですが、14才というのは大人の脳に切り替わる直前、つまり、まだこどもなので、その時にやりたかったことを60代にはやりましょうと。


はて。


私の読書が中断しました。


14才のときの私はどん底にいたからです。やりたいことなどなく、どうすれば現実から逃れられるのかと心の重い時代でした。親の不仲は私が生まれたときには既に始まっていましたが、私が14才の頃には兄の家庭内暴力も加わり、私は間に入ったり、夜中に逃げまどう母に付き添ったり、今でいうヤングケアラー状態でした。


小学生のときは読書に逃げていましたが、14才の頃にはもう、読書をする余裕もなく。


部活も止めさせられていたし、やりたいことなど当時なかった。友達と犬だけが救いでしたかね。だから私は動物が好きなのだと思います。


なので、今やっていることは14才のときにやりたかったこととはちょっと違うかなあ。あの頃は何もしたくなくて、早く家を出たくて…


でも今、猫を飼っていますので、これは希望が叶っているのでしょう。


14才になる前に願っていた読んだり書いたりは続けていますし、今後も気合いを入れたいところです。


今日は久しぶりに常温でのヨガに参加。気持ちいいですね。ホットヨガはやはり体力のある人向きです。でも、細々と続けますけどね。


黒川伊保子さんは、運動の大切さにも触れていました。もともと大学生時代に競技ダンスをやっていて、ダンス留学をしようかと思ったほどだそうです。


この著書を書いているときに63才とありました。毎日30分歩けと言われたら絶対嫌だけど、ダンスなら楽しくて、社交ダンスをメインにズンバでもなんでも踊るそうです。


若い人より振り覚えが悪いのなんか気にする必要なし、とのこと。なんで若い人と比較するの?と。


まあ、大学生時代からやっていたなら相当の腕前なので、同じ60代としても比較したら立つ瀬がありませんが、覚えが悪くても続けていれば亀の歩みでも少しずつは上達するのでしょう。楽しいと思うことは大事です。だから私はダンスの時間を楽しみにしています。


しかし、社交ダンスは無理だー。


従姉がやっていたので、知っていますが、とにかくお金がかかるんですよ。華やかな衣装は素敵ですけどね。それもかなりのお値段…


黒川さんみたいに稼げない私には手の出せない世界ですが、私はズンバを楽しむことにします!


あ、フラもね。これもお教室でやったらかなりの大金が飛ぶようですが、ジムで軽くやっている分には大丈夫。


どれも14才のときの希望ではありませんが、今の私にはこれで十分幸せです。