何年かぶりに訪れた懐かしい母校

空はすっかり夕焼け色に染まり、さっきまでは子供達の声でうるさかったであろう校庭には誰の姿もない
目をゆっくり移動させると、あの頃とかわらない場所にある鉄棒が目に入った


懐かしい気持ちでゆっくりと近づく
「ふふ、こんな低かったかな」


ゆっくりと鉄棒を指でなぞってると思いだす、あの頃の思い出
あ、これが“恋”っていうものだと知った11歳の夏
初めて感じた、甘く切ない想い
“初恋”




「おーい、陽菜、出来なきゃ、夏休みも練習な!」
「えーん、才加先生ひどーい」


ただでさえ運動神経が無い陽菜にとって、新しくこの学校にきた担任の才加先生は陽菜にとっては最強の敵

体育の授業で、鉄棒が出来ない子は放課後居残りで鉄棒の練習
最初、5~6人いた居残り組も、何日、何回と練習していくうち陽菜一人


「えぃっ」
「えいっ・・・むぅー・・・」

陽菜なりに勢いよく振り上げた足も、ふわりと少しだけ上がるだけ
こんな事を何度も、何度も
夏休みにまでこんな事したくないって思いだけが身体を動かしていた


「へたくそ、はるなー」
「あははーどんくさいなー」


ランドセルしょって帰ってく同級生の男の子たちがひやかしてくる
もう聞きなれたけど・・・


「こらー、一生懸命頑張ってる人を笑うなー」


冷やかす男の子達の声を無視して練習を再開しようとしてた陽菜の耳に飛び込んできた声

声をした方を見ると、見慣れない学校の制服を着た人
腰に手をあて、冷やかした男の子達を睨んでる。けど・・・全然怖そうじゃない


シッ、シッと男の子達を手で追い払った後、陽菜の方へ顔をむけたその人はニコッとほほ笑み「肘はしっかり曲げた方がいいよ」と言った

笑うとえくぼが浮き出るその人の顔が、一瞬のうちに陽菜の心をざわつかせた




「うん、そうそう、肘はそのままね」

その後もこの人は指導をしてくれた
小さな体をいっぱい使って身振り手振り丁寧に

こんなにしてくれてるのに、いまだに「この人」って言ってるのは、前から陽菜が人見しりってのもあるけど、なんでだろ、この人の笑顔をみるとドキドキして言葉がでてこない
(名前・・・知りたいな)


「んー、あと少しなんだけどなぁ」
眉を八の字にして腕を組んで自分の事のように悩んでるその姿に申し訳なく思う


(よしっ)気合をいれ足を振り上げた

「よし、いけー陽菜ちゃん」
(えっ?)グルン「ずるい!!」


「へ?」
「あ・・・」
「陽菜ちゃん・・・回れた・・・回れたよーーー」
(あ・・・ほんとだ)

「良かったね。って、何がずるいの?」
「だって・・・なんで陽菜の名前知ってるの?」
「へ?だって自分の事、陽菜って呼んでるじゃん」
「あ・・・そっか」
「あは、陽菜ちゃん天然?可愛い」

にこにこと聞いてくるこの人の顔を見て改めて恥ずかしさがましてくる
でも、ずるい。陽菜の名前をこの人は知ったのに、陽菜は知らない
知らないうちに口がとがってたのか、それを見てまたこの人は笑った。

陽菜がどきどきする大好きな笑顔で


すっかり空が夕焼けてきた頃、この楽しかった時間も終わり
「もう、大丈夫だね」
そういって眩しいくらいの笑顔で手をふるこの人の背中を見て、(もう会えないのかな)なんて切なくなったのを今でも思い出す


2時間くらいの出来事だったけど、初めて見た時から陽菜の心が騒ぎ出し、太陽のようなこの人の笑顔にドキドキし、くっきり浮かぶ笑窪とこの人のすべてに心奪われた

一目惚れと初恋を同時に体験した11歳の夏の日の出来事




そんな昔の事を思い出しながら鉄棒に手をかけ、おもいっきり足をける
「えいっ」


やっぱり陽菜・・・運動なんか嫌い
あの時できた逆上がり。また出来なくなっちゃった


「あはは、肘!また伸びてるよ」

振り向くとくっきり笑窪で太陽のような笑顔で陽菜に近づいてきた人


「そろそろ、帰ろっか」
「うん」
手をさしだしてきたこの人の手に陽菜は手を重ねる



“初恋は実らい”ってよく言われてるらしい

でも陽菜には関係ないことだったみたい

だって、今、陽菜の手をギュッと握り、笑顔をむけてくる陽菜の大切な恋人は
“初恋”の“この人”だから