少年時代は我慢と惰性と忍耐の連続の日々を送っていた。中学生の頃より、不透明に自分の人生に言い知れぬ不安を感じていたからか暇さえあると、己の将来の事を考えている一種の癖が就いてしまった。
僕は何に向かって進んでいるのだろうか
。その先には何があるのだろうか
。果たして、僕はその結果を望んでいたのだろうか
。僕の目の前には幾つもの分かれ道が限りなく待ち受けている。進むべき路など僕には選べない、結果が怖いのか、それとも先に待っている想像も付かない答えが不安なのか分からない。そんな行き詰まった心境になると、決まって出す答えは。僕には明るい将来等は待っていない、望んでも逝けないのだと自分に言い聞かせている。これって、子供らしさは微塵も感じられませんよね、でも私だって子供らしい感受性を表面に出し屈託のない、思うが儘の振る舞えが出来たらどんなに幸せだろうと、何時も思っていました。世間では極普通の振る舞えすら私には許されなかったのです。悲しく惨めな境遇に自分は何故生まれて来たのだろう、誰からも望まれていない自分に果たして、生きる資格や権利はあるのだろうか
。