前に白洲正子さんのお話のとき、
「この本(白洲正子さん著の「心に残る人々」、そして林房雄の「武器なき海賊」、「消えぬ夢」の3冊が手元にありますが、ここで面白い発見をしました。」と書きました。
今日は、その発見の話の前に、本のタイトルについて書いてみます。
本のタイトルの「消えぬ夢」の夢とは何でしょう?
まず、白洲正子さんの「心に残る人々」には、兪山島時代が「彼にとっては一生のうちで最も幸福な時代であった」とあります。
そして、「消えぬ夢」のタイトルは岩田幸雄氏本人が発行代表を務めたこと、ご本人が付けたものと思われることから、恐らくはご自身の想いです。
消せない
消えない
過去からの継続した想いであると受け取れることと、本の主な内容である海賊(密貿易時代~兪山島時代)から、島の住人~帰国するあたりまでの話であることから、「当時からの消えない想い」と言い換えられるのではないでしょうか。
加えて客観的事実からみますと、岩田幸雄氏は、、、、昭和42年8月6日(日)の新聞に北九州市門司区白野江に裏門司観光開発の一つとして、ホテルやプールのついた施設、ヨットハーバーなどの施設がある”白野江ヘルスセンター”を建設しようとしていた形跡があります。
中国海事広報協会副会長、西日本海洋協会会長、広島県モーターボート競走会名誉会長などの肩書きや、広島県廿日市市の端に別荘?をお持ちだったこと、前記のような開発に意欲を持ってらっしゃった姿から、「消えぬ夢」の夢は兪山島の開発・・・理想郷を作る夢であったと思われます。(理想郷の場所は瀬戸内海かもしれませんが)
また、「武器なき海賊」は林房雄氏の著書ですが、この武器なき・・・についても、白洲正子さんの「心に残る人々」に書かれています。
何度か命を失うような目に会ううち、彼は次の信念に到達する。
「武器を持っておれば、人を襲いたくなる・・・武器というのは人を殺すより自分を殺すことに役立つことが多い、国も個人も同じこと。。。」
で、これからは武器に頼るまい、武器を捨てようと決心し、「感傷的で空想的で理屈にあってないかもしれないが、一種の信仰心のような」武器なき海賊に転身する。無抵抗主義「私は最後までそれを実行しました」とあります。
そう、武器をもたないことにしたのです。
それは学生時代から拳銃を持ち、拳銃については日本一との自信があったほどですから、経験からの決断だったのでしょう。
「海賊」については、当時の福建省付近は海賊が多かったようで、その海域を密貿易することになり、客観的には海賊でもあり、貿易商人でもあり、密貿易者でもあったためです。
詳しくは、本を読んで下さいな。
ちなみに・・・・・
岩田幸雄氏は、中国中央政府に捕まり、当時は死刑は免れない状況であったにも係わらずリュック一つで帰国しました。
中国での蔡福生(=岩田幸雄氏、、、小説の中では陶福生=太田福男)は投獄された?死刑?暗躍?、そして日本人岩田幸雄は送還されたわけですから、岩田幸雄氏の思いはどうだったのでしょう?
引き裂かれた感があったのか?
自分であって自分に非ずの感があったのか?
「武器なき海賊」の終わりのあたりにこう書いてあります。
上海電報として「日本人戦犯陶福正こと太田福男逮捕される、云々」とのっていました。
「多分、俺の分身がまだ中国に残って活躍しているのだらう」・・・「呼びかへしてくれればありがたいが、当分だめだらうな」
やはり、中国への想いは大きく、戻りたい想いがあったのでしょう。
どんな思いであったのか、知る術はありませんが、小説の最後の最後に、「いつか再び、私が陶福生と一緒になるときがきたら、兪山語の手紙をあなたに書きましょう。」と綴られています。