(2013/5/4)
↑前にこんな記事を書きました。
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KP(キーパーソン)の女性から某お金持ちの年配女性の話を聞いた。
「某学校へは”行くお金を払える人たちだけ”が行けるから、その学校に(子供を)行かせた。。。らしい、と。」
興味深い。
民度(※1)という言葉がありますが、学校や住む地域、行くお店等出入りするところによって差があるものだと思う。
もちろん、善悪でもなく、良し悪しでもなく、ただ 「違う」ということと、 「どれかが合うか」 だとは思うけどね。
日本は、その境界が曖昧な国だからこそ、どのレベルグループに属するかどうか意識した方がいいと思う。
見えない境界を知っている人たちはその境界のコッチ側にいようとするし、その影響力を知っているように思うんですよね。
だから、この某お金持ち年配女性は子供のために”学校”のグループの選択をした。
広島のような地方都市では恐らく限度は見えやすいかと思うけど、ソレナリに世界があるんだろうなぁと思う。
だから、私も知りたいし、その世界を覗いてみたい。
そう、かつてバックパッカーをしていたのは 「自分探し」 なんてカッコいいものでもなく、ただ単に 「自分の知らない世界」 を見てみたいだけだった?のかもしれません。
私、好奇心旺盛なもんで。
今でも外国には行きたいけど、その国での”当たり前”を知りたくて、ハイソな世界とロウソ?な世界の両方を見たい!と思う。
そ、私の興味の対象は、
知らない世界、 当たり前の違い、 上と下を知りたい・・・・こんなことに惹かれてしまうようです。
さぁ、海外は海外で楽しむタイミングを見つけるとして、国内ではその世界の違いを見つけてみよう。
※1 民度(みんど)とは特定に地域に住む人々の知的水準、教育水準、文化水準、行動様式などの成熟度の程度を指すとされる。明確な定義はなく、曖昧につかわれている言葉である。。。ウィキペディアより