新聞、雑誌、TV、人の話、WEB・・・・情報源はたくさんある。
信憑性はどれほどあるか?
・・・・分かりません。
情報の鵜呑みは恐ろしい。
人はウマくいったときには、自分の能力を信じ、ウマくいかなかったときは他人を恨みます。
人の脳ミソってのは都合よくできているものです。
巷でよくあるのが、証券マンの営業にあった人の言葉がいい例ね。。。。
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さて、その情報を得ていくとき、自分の能力以上の枠を超えることはナカナカ出来ないものです。
自分の例で言いますと、反省点でもあるのですが、購入する本、読む本、得る情報も全て 「自分が理解できるレベル」 からの選択となります。
ま、経営コンサルの本は読んでも経営学の本は読まない・・・そんな感じでしょうか。
更に、とっても分かりやすい例で言うと、、、「サンクコスト」という言葉を知らずして、そのカテゴリの情報を検索することもなければ、それにまつわる本も調べないし買いもしないでしょ?
それ以外のサワリの部分で・・・・つまり、たまたまその言葉と出会い、「?」 と思うことから少しづつ枠は広がるのですが、その枠の広がる速度は遅いし追求していかないといけない。
ま、世間でも物知りの方々はそれを続けてきたからこそ、物知りになれたのですから、結局は広げながら追求を止めないこと以外には方法はないのかもしれない。
世間は狭いが広い、広いが狭い。
世の中にはとっても博学な人たちもたくさんいる。
・・・・類は友を呼ぶ。
ああ、悔しい。
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取り留めない話ですね。
何が言いたいかというと、自分自身が本を読み、勉強している「つもり」でも、いつまで経っても 「自分の枠」 を広げられず、グルグル動き回っていることで、成長したと思い込んでしまう、または満足してしまっているのではないかと思うのです。
知ってる 「つもり」
仕事している 「つもり」
やってる 「つもり」
勉強している 「つもり」
キリがないけど、大したことは出来ない自分を発見し、大したことを残してない自分を情けなく思う。
何かランナーズハイのように、音速の壁のように、「トンネルを抜けた感」が欲しいのかもしれません。
これが、ココ最近の悩みです。。。。。。。