我ながらよく歌詞を思い出せたもんだ。
・・・・・
見つかった。
やっぱり便利なのね、インターネット。
この曲は、1996年にエルサルバドルのとある港町のバーの2階で2週間ほど暮らしていたときのこと・・・・・・。
いつも夜になるとそのバーは船乗りたちが飲んで騒いで女性を買って…と遊ぶ場所。
僕が借りていた2階はその「いたす部屋」数部屋のうちの1室。

シャワーもろくになくて店の奥の水溜めから桶で浴びるような共同風呂(仕切りナシ)。
トタンの壁で隙間だらけで夜から朝まで蚊を40数匹殺した部屋。
部屋の扉の下(隙間)から猫が入って糞しちゃう部屋。
今でも泊まることが出来るだろうか…いや、今もあるだろうか…。
その店に暮らし、お店の片付けを手伝ってコーヒー飲ませてもらったり、娼婦の皆さんとお話したり近所のゲイの方たちと遊んだり子供たちとサッカーしたりと楽しい日々でした。
本当にみんないい人たちでした。。。。が、数えられる人数程度の村?町ですから、毎日同じ人たちと顔を合わせ同じ時間が流れる村?町みんなで家族?みたいなトコロでした。
時々、エルサルバドルの紹介をしていますが、ワタクシ、この国で自分の「当たり前」や「常識」を全て壊されたように思います。
日本という環境で(自然に)教育された「道徳」も含めて全部壊れて組み立て直した国なので、とても思い入れがあるのです。
んで、その国で滞在していたお店のジュークボックスで時々かかっていた曲がコレ。
懐かしい…
話変わって、勉強がてらウィキペディアからエルサルバドルの内戦について抜粋しましょう。
1979年にニカラグアでサンディニスタ革命が起きるのと時期を同じくしてロメロ政権が軍事クーデターで倒され、革命評議会による暫定政府が発足した。しかし、極右勢力のテロは続き、1980年にはオスカル・ロメロ神父をはじめとする聖職者までもが次々と殺害されていく状況に耐えられなくなった左翼ゲリラ組織ファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)が抵抗運動を起こし、エルサルバドル内戦が勃発した。
そして国連の仲介により1992年に内戦は終わりました。
その4年後の1996年エルサルバドルにいたのですが、やはり多少は・・・
で、今は観光立国を目指し、通貨も私がいたときは「コロン」でしたが、2001年から米ドルが流通するようになっているとのことで、非常に観光しやすく(行きにくいけど)なっているようです。
四国ほどの小さな国ですが、一生の間にもう一度は行ってみたい。