広島史記傅説 己斐の巻という小冊子?があります。
岩田幸雄のことが書かれていますので、シリーズで連載してみます。(文はそのまんま)
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広島史記傅説 己斐の巻
異国の地に観音楽土 崙山島に日華友好愛の足跡
「ついに罰せられなかった戦犯の秘密」
大東亜戦終戦後、日本の朝野を震がいさせたものは、戦犯の逮捕命令と、公職追放令である。
このうち、公職追放令に対してさえ、世間では戦々恐々としていたものだが、まして戦犯ともなると、ヘタすれば道が絞首台につながっているだけに、心当たりの士を恐怖のどん底に叩き込んだものである。
ちょうどその頃、戦犯岩田幸雄は郷里広島の己斐軍人谷の自宅で悠々閑々、好きな庭いじりに余念がなかったのである。
これより先に、現地において蒋介石総統の名により戦犯として逮捕されながらも、ついに罰せられなかった戦犯の秘密はどこにあったのか。
現地崙山島において氏が築き上げようとした理想郷・観音楽土の慈愛心が氏と現地中国人の心を固く結びつけ、氏を慕う心が峻厳な戦犯の裁きから守り抜いたものである。
国家活動に基づく戦争犯罪の容疑とはいいながら、岩田幸雄個人の人間性が、対国家のこの敵対性に打ち勝ったのである。
◇波乱万丈の大陸における国家活動
現地中国大陸における岩田幸雄氏の国家活動は波乱を極めている。
氏自身の口から時々、その断片が洩らされるだけで、その全貌を語ることは不可能に近いほど内容にあふれている。
だが、幸いにして、ここに作家今日出海氏が、氏から芸術家として鋭い感覚で聞き出し、これをモデルとして昭和39年12月23日から、翌40年12月28日まで約1年余りにわたり、毎日新聞の夕刊に連載、読者をして手に汗を握らせた問題の小説”海賊”がある。
主人公「岩木庄平」が岩田幸雄氏である。岩木庄平の国家活動は、岩田幸雄氏を原型として、作家眼を通じてとらえられた抽象である。
しかし、それとても、小説に描かれた岩木庄平の全活動をここに要約するには、あまりにも多様で不可能である。
そこで、岩田幸雄氏の国家活動の大きなポイントである汪兆銘との関係を、小説”海賊”から採用するにとどめておこう。
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今回はここまで。