かぼちゃぷりん

かぼちゃぷりん

高校生の未来を作りながら、国際開発の舞台をめざすためのブログとして開始しましたが、2017年から無事国際開発の仕事をしております。日々のアウトプットのためのブログ。

Amebaでブログを始めよう!

なんと、1年もこのブログを放置してしまいました。

やはり年の瀬になると、色々と1年をまとめたい衝動にかられるので、このブログを開いてしまいますね。

 

新卒のときから、ほぼ感情のはけ口くらいの勢いで始めたこのブログももう7年目になりました。

こう考えると、オープンにして誰得な話ばかりですが、とりあえず思いのたけをぶちまけたい時に更新するのもいいかと考えてます。

もはや日記ならぬ、年記ですね。いつか、30年後とかに自叙伝でもだそうかな笑

 

さて、そんな2018年の振り返り。

ざっくりですが、年明けから10月までは、他のことを一切考えずほぼ中小企業診断士の勉強に勤しみました。

無事、1回で1次試験は突破しましたが、やはりムズカシイのは、2次試験。今回は残念な結果でした。

1次試験の結果は、来年までしか担保されないので、なんとか来年は通過したいところ。

試験勉強=いまの仕事に直結するので、とても役立つ部分が多いものの、一方で本当にこの知識使えるんかな・・・って思うこともありつつの。

まぁペーパー試験だし、国家試験だから仕方ないっすね。

 

その後11月、12月は比較的ゆったりとしていましたが、仕事もゆるりとこなしつつ、

一方でいまの仕事をずっと続けていくべきかどうかとということも考え、軽めに転職活動をしてみました。

私の場合は仕事を変えすぎなので笑 もはや転職になんの恐れもないですが、転職活動は自己の見直しにもなるから、本当にみんな趣味レベルでやってみるべきだと思います。(転職エージェントの方、すみません)

そこで、自分自身のやりたいことが整理されたり、世の中にはこんな選択肢があるのかと理解したり、いいきっかけになると思います。

仕事が落ち着く度に、転職活動をしてもいいぐらい 笑

 

今回ゆっくり自分自身のことを考えてみて思ったこと、

特に2019年に向けて、自分自身の方向性を考えてみました。

 

ひとことでまとめるのであれば、「直感でいい!と思うことをやってみること」

 

正直この年になると様々な邪念が(収入、結婚、子供等・・・)入り込んできて、自己の決定が理性的にならざるを得ないのですが、もっと本能的にこれはいい!と思って熱中できそうなことをやってみたいと思うのです。

しかも、人がいいと思うことに同調する形で進めるのではなく、自分自身がこれだ!と思ったことに対して、自らの手で人生を切り開いてみたいと思い始めたのです。

 

こういった感情が自分の中に生まれるなんて正直思ってもみませんでした。

でも、これまでいろんな人と出会いの中で、自分がいいな!憧れるなと思うひとは

みな「自らの足で立ち、自分の好きなことをやっている人」だったのです。

きっと、これは自分ができないと思い込んでいるけれども、本当はやりたいことだったかもと思いました。

 

それに私が一番いやだなと思うことが、自分のやりたいこととは全く違うことを「他人から強いられること」でした。

それが中心になってしまうと、前職での仕事のように自分自身が自分でなくなってしまう感覚になり、仕事も手に付かない・・状態になってしまいます。

でも一方で、基本的には自分がやりたいものでありながらも、やりたくないと思っていたものの中から実は面白いものが見つかったり、自分の枠を超えてみる機会を与えてもらえることもあると思いました。

 

そういった意味では、今後は「会社員」であることのメリットと「個人」であることのメリットを上手に使いこなしてみるのもありなだと思っています。

いまの仕事は比較的時間の余裕もあるので、その傍で新しい仕事に着手してみることもありだと思っています。

 

来年もどんどん、チャレンジの年!

どんどん新しい自分に出会えますように・・!

 

まりぃな

 

昨日の夜から考えていたこと。

昨日は久々に大学のサークルの時の同期、先輩、後輩と会った。みんなほとんど変わらなくて、でも少し変わっていた。
その空気感、空間がほんとに安心して、穏やかで、楽しくて。ずっとここにいたいと思った。
なんでだろう。やっぱり3年間という長い時間を過ごして、大変なことも楽しいことも、ほぼ毎日一緒に過ごしてきた仲間だからかな。自分の一部のようなものなのかもしれない。
そのときは、そして卒業してからの7年はそんなに大事だと感じなかったものが、昨日突然そう思えた。当たり前だということの価値に昨日気づけたのかもしれない。
そして日々少しずつ変わりつつある自分に、もう一度大切なものを教えてくれたのかもしれない。
そして、それが価値あるものと気づけたということは、それが実は自分に今なくて、もう一度手に入れたいと思うものなのかもしれない。

そうかんがえると、確かに今の生活に、あれだけ情熱を注げるものがあるかというと、ない、気がする。
もう一度見つけられるかな。自分の中の大切な気持ちを思い出させることができる経験を。