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ラミナリアの痛みを最大限排除した方法はこちら
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何かのサイトで、災害対策とペットに関する文章を読みました。
そこには、ペットを飼っている家だとわかっておくようにしておくと、ペットを助けに回る動物救護隊に伝わって良いというようなことが書いてありました。
ふと思いました。
もし今、大きな地震や水害などの災害に遭った時、
ぱんぽこはどうしたらいいんだろう?
例えば家の中にいて被災したのならば、状況にもよるけど連れ出すことが可能かもしれない。
でも、倒壊した建物に体を挟まれて救助してもらう場合や、そもそも家にいなかった場合はどうなるんだろう?
天使ママの皆さんは考えられたことはありますか?
うちの場合は、水害で家が浸水するとか河川の氾濫、津波の影響を受けることはまず考えられない土地なので、水害時の浸水や家が流された場合、というのは考えなくても良さそうです。
ですが、地震や火災の時は別です。
最初は
「地震が起こったらぱんぽこの骨壷を抱っこして避難するのみ。」
と思っていたけど、大きな災害なんてそう甘いものではないはずです。
自分が想定している、「自由に動ける状況」なんてないかもしれない。
ペットの場合は、取り残されたペットのために動物救護隊が来た時用に
「ペットがいます」
といったことを日頃からわかるようにしておけばいいのかもしれません。
でも
「大切な娘の骨壷があります」
はどうなんだろう?
救助隊の仕事は、人にしても動物にしても生きている生き物が対象のはずです。
遺骨は本人にとってどんなに大切な家族でも、救助する対象にはならないはず。
生きている娘を失い、心の拠り所にしている遺骨さえも失う。
二度も娘を失うことに耐えられません。
そう考えると納骨し、定まった安全な場所にいてもらう方がいいのでしょうか……。
でも今は納骨にあたり、気持ちの整理がつきません。
そもそも私たち夫婦の宗教が定まっていないため(別にカトリックと何かで迷っているわけではありませんが、今は気持ちの整理がつかない)、ぱんぽこのお墓も決めることが出来ません。
だから
もう少し気持ちが落ち着いてから……
とも思いますが、災害なんていつくるかわからない。
う~ん、どうしたらいいんだろう。
私の体が動くのであれば、ぱんぽこを抱えて避難所に逃げます。
娘を置いてなんていけない。
でも夫を助けないといけない状況だったり、一刻も早くその場を逃げないといけない状況だったりしたらどうするんだろうか……。
「骨壷は固い容器なので、ちょっとやそっとの衝撃で割れるものではない」
「そもそも火葬時に残った骨だから、家が全焼しても骨壷も骨も残っているはず」
そう信じて、助け出せるタイミングがくるまで待つしかないのでしょうか。
難しいですね。
ぱんぽこは、ほぼ毎日私と一緒に家の中の3箇所を移動しています。
寝室の祭壇、リビングの祭壇1、リビングの祭壇2。
祭壇の防災対策もしっかりしないといけませんね。
しばらく考えてみようと思います。
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いつもブログを読んで下さりありがとうございます。
いいねやコメント、また読んでくださるだけで励みになっています。
このブログは、可愛いぱんぽこの思い出と、自分の心の整理と、情報が少ない死産後のことが少しでもお役に立てばと思って更新しています。
私はまだ精神状態が不安定で、人に気が使える状態ではありません。
このブログは、死産・流産・不妊などで悩んでいる方が多く読んでくださっているかと思います。
不快な表現があったら大変申し訳ありません。
読んでくださっている全ての皆様に、穏やかな明日がくることを願っています。
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ふと思いました。
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でも、倒壊した建物に体を挟まれて救助してもらう場合や、そもそも家にいなかった場合はどうなるんだろう?
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うちの場合は、水害で家が浸水するとか河川の氾濫、津波の影響を受けることはまず考えられない土地なので、水害時の浸水や家が流された場合、というのは考えなくても良さそうです。
ですが、地震や火災の時は別です。
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でも
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はどうなんだろう?
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遺骨は本人にとってどんなに大切な家族でも、救助する対象にはならないはず。
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二度も娘を失うことに耐えられません。
そう考えると納骨し、定まった安全な場所にいてもらう方がいいのでしょうか……。
でも今は納骨にあたり、気持ちの整理がつきません。
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だから
もう少し気持ちが落ち着いてから……
とも思いますが、災害なんていつくるかわからない。
う~ん、どうしたらいいんだろう。
私の体が動くのであれば、ぱんぽこを抱えて避難所に逃げます。
娘を置いてなんていけない。
でも夫を助けないといけない状況だったり、一刻も早くその場を逃げないといけない状況だったりしたらどうするんだろうか……。
「骨壷は固い容器なので、ちょっとやそっとの衝撃で割れるものではない」
「そもそも火葬時に残った骨だから、家が全焼しても骨壷も骨も残っているはず」
そう信じて、助け出せるタイミングがくるまで待つしかないのでしょうか。
難しいですね。
ぱんぽこは、ほぼ毎日私と一緒に家の中の3箇所を移動しています。
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