たんじぇりんの前進4打 -4ページ目

たんじぇりんの前進4打

ラウンドした事をいつまでも忘れないような大人の遊び場としてのオールドコースをドキドキしながら歩くのが好き。プレーヤーとして訪れた時に感じるゴルフ場の風格、優れた管理や設計者が知恵を絞ってプレーヤーに挑んでくるようなコースを楽しんでラウンドしてます。


下関からクルマで約一時間、日本海の響灘に面した角島大橋はコバルトブルーの海とまっすぐに島へと延びる橋は、自然と人工物が融合した絵葉書のような美しさ。

そんな日本海に面した美しい松林の白浜に
不世出の最強アマ・中部銀次郎を育てた難コースがあります。
日本アマ6度制覇はトップアマがプロ入りする現代ではもう破られることのない記録でしょうか。

そんな輝かしい銀次郎伝説の始まりは、ここ下関ゴルフ倶楽部に辿り着きます

かつてはプロ球団 大洋ホエールズを持っていた名門・大洋漁業創始者の三男 中部利三郎氏が息子達のために地元下関にゴルフコースを造り
まだ中学生だった銀次郎がゴルフの練習に明け暮れて
卓越した技術とともに、折り目正しい礼儀作法をわきまえたプレーマナーを身に付けたというゴルフ場です。

下関の中部銀次郎の生家は今は安倍首相宅なのだとか。
何しろサラリーマンの初任給15000円の時代に30000円のゴルフ費を毎月使っていたそうで。。
御曹司ならではの恵まれた環境ですね。

彼の数多くの著書はアマチュアゴルファーにとっての聖書で、技術的な事は殆ど書いてないけれども、前傾姿勢とアドレスの大切さや
『 準備・行動・結果への対応 』など
ゴルフに対する姿勢などとても参考になっています。
体格的には決して恵まれておらず、飛距離も自分とさほど変わりないのに、中部のショットは針の目を通す!とまで言われた彼の正確なショットは、下関ゴルフ倶楽部で培われたものでしょう。

Outの1 番2番はすぐ右が海でティーグラウンドで潮騒が聞こえます。
鮮やかなコントラストを描きだす室津湾
夏はプレー後に海水浴できそうです!

この日は風も穏やかで景観に癒やされたけども、ひとたび海風が吹けば
モンスターコースに豹変するので
’91年に中島常幸が日本オープンで優勝したスコアはなんと3オーバーだったとか(>_<)アマチュア優勝は丸山茂樹



月の松原と呼ばれている景勝地八ヶ浜は、数々の歴史があり松林には遺跡としての解説看板が設置されていました。


ゴルフはアドレスに始まりアドレスに終わると説いた中部銀次郎がスイングチェックに使っていた姿見が今も練習場にそのままあります。
自分も鏡の前に立ちスイングしてみて感慨深くしばらく佇みました。彼の著書はとても参考になっています。

日常でエスカレーターには目もくれずに、とにかく階段を(踵をつけて)上がる。歩くことはゴルフにとって重要な要素なので。

左右のバランスを保つ為に右利きなので意識して左手を使うようにする。


中学生時代の銀次郎少年が朝から晩まで練習に明け暮れたという練習場のバンカー。

エグスプロージョンショットの練習にはもってこい!
細かくパウダー状の白砂で、玄界灘やってくる風を読み違えるとショートして目玉になりやすいし。
銀次郎が正確なアイアンショットを身に付けた要因でしょうね。

クラブハウスはデザイナー風の新しいものに建て替えられていて、名物となっていたロッカールーム内に残されていた天井を突き抜ける八ヶ浜の松も伐採されてしまったようで残念でした。

中部銀次郎は学生時代にジャック・ニクラウスのスイングを見てプロ入りを諦めたと言っています。
同年代の青木功や、アマチュア時代にタイトルを争った中島や倉本昌弘などと親交が深かったみたいです。

コース間の歩道は救済によって不公平が出ないよう、舗装化されていません。
ありのまま打つ中部イズムの原点でしょうか?
松林に入ったら無理をせず潔くヨコに出すこと
ミスの連鎖が一番ゴルフの怖いことだと説いてます。

1番ホールのハザードになっている松も強い海風を受けて見事に曲がってます。
フェアウェイを2等分して左サイドに行かないと枝が邪魔になる
グリーンへ遠回りするのが下関の攻め方なのかも。



少しの油断が大怪我に
小さなミスがさらなるミスを呼び、やがて取り返しのつかないことに。
グリーンはとても小さく、この日はバミューダ芝
手前には深いバンカーで奥はOBや崖下などの厳しさ
ホール毎にある木製の屋根付ベンチがとても趣ありました。夏のコース内は違った雰囲気になるのでしょうね。
昼食は名物の鯨三昧セット
鯨ベーコン、さらし鯨、刺身、竜田揚げなどここでしか味わえないものでした。

大洋ホエールズと言えば、川崎球場。とにかく狭くて汚い球場でした。平松、松原、近藤、中塚、ボイヤー、山下大、長崎、シピン、田代

グリーンとオレンジのユニフォームの無骨で男臭い球団でした。

横浜球場になって遠藤、斎藤明、加藤、高木、屋敷など思い浮かびます

個性的で懐かしいチームです。

落ち着いた茶屋にはおでんとか用意してあって、ちょいと息抜きの一杯!もまたよし

コンディションは快晴無風でショットはまずまずでしたが、アプローチパターがダメでスコアはイン45 アウト49

中部銀次郎のために作られたクラブ

一打一打に秘められた価値はとても高かったです。


ゴルファーが感じる自然の醍醐味は
年月を経ても薄らぐ事はありません。
上田治設計の下関ゴルフ倶楽部は個性的で男臭いコースだと感じました。

いずれも遠距離お付き合い頂いた片道800キロ自走のKSさん、京都から地酒好きなKOさん、前日の宇部72万年池からお付き合い頂いたTAさんに感謝です。

同伴者とのコース談義も、こうした遠征ゴルフの楽しみです。
廣野GCのゴルフミュージアムに展示されていた中部銀次郎のクラブやシューズ。廣野や東京ゴルフ倶楽部のクラチャンにもなっています。

彼のスピリッツや栄光は永遠に語り継がれる事でしょう。

これからも中部イズムの継承者として、遊びゴルフを楽しみたいと思います。