マンダラーの虹色子育て -4ページ目

【塩風呂につかって何やら考える。その③】

というわけで、その③です。

初の分割にも関わらず。
結局元の文章が超超超長文だったため、
一つの記事のボリュームは変わっていない…というからくりにはどうか目をつぶっていただきたい。


とりあえずですね。
今回の件についてまとめますと、
私の子育てに対する意識変化はこのようになりました。

子育てとは、苦しいものだ。

子育てとは、苦しい部分も、楽しい部分もあっていい。全部そのままでいい。

子育てとは、親がのびのびキラキラ人生を謳歌していれば、子供はその背中をみて多くを学び育つ!

子育てとは、そもそもの育てるという目線が様々な問題を生む要因で、
子供を一人の魂として、地球に転生した魂の同志として互いに高めあう存在だと認める。
過剰な関わりを求めたり、与えすぎることもせず。
新時代での役目を果たせるように、無駄な洗脳から守る役割は引き続き行う。
地球にちょっと早く生まれた先輩として、自立の手伝いをさせてもらっている。


というのが私が出した答えです。

はい、今までの常識で考えてしまったらですね…
ただただぶっ飛んでしまった人です(笑)


よくもまぁ、三日間でここまで突き抜けたもんだなと。
振り返ってみても…なんかすごかったですよ。
文章には起こしていない部分も多少あるわけですし。いやぁ濃密でした(笑)
金曜日の夜までの、めそめそいじいじしていた私はなんだったんだ(笑)


この今回の内容をですね、
正直に包み隠さず書くか悩みました。
わかりやすく、誰でも理解できるような着地点の前半部分で止めようか…とか。

そのための文章も書いてたんですけどね。



操作ミスで消えましたよ?
結構な長文でしたよ?



えぇぇえええ…
と、書く気力をなくしたんですけど。
夫に話してみたら、
そのままどんどん変化していく様を公開することにも意味があるんじゃ?
ということを言われて、吹っ切れました(笑)
そうですか。そういうことですか。


私は読んだくださった方、全員に理解してもらいたい。
そういう欲求があることに気付きました。


でも今回の一連の流れについて、子育ての私の意識の内容を参考にしてほしいと思うこと自体に無理があってですね。

ここまで書いといてなんなんですけど。


それよりも今回は、
三日間という期間の中でどんどん意識の崩壊が起きて、
もうすっかり別人のようになってしまった!という事実。

子育てに行き詰まりを感じていた私が、
自分の、世間の子育ての概念を突き破ってさらにぶっ飛んでいく姿。


最初のステップを突破しただけでも、
本来なら大拍手もののはずなのに。
私の内なる叡智師匠ったら!
それだけでは満足せずにぴょんぴょんぴょんぴょんと(笑)

新たに扉を開けまくる流れに
逆らうことなく流れていくと、
短期間でぶっ飛ぶことができるよ!ということを伝えるべく。
今回は書かされたようなのです。

変化するスピードが早まっている…を
もろに体験させてもらいました。良い経験でした。


…という記録。
どこかで役に立ってくれるような気がするからさらしました(笑)



ちなみに導く答えはもちろん人それぞれ。
正解も間違いもなくて、
そう思った自分を受け入れて、
あぁ、私そう思ってるんだと高見の見物している目線を持つことができれば。

子育ても普段の悩みも、全部対応の仕方は同じなんだなぁと。
【子育て】とくくるから難しく感じるだけなんだろうなぁと。


このくらいは参考になるかもしれません。




無理に突き抜けなくてもいいんですよ?
でも、きっかけがあったら乗ってみると


……すごいょwニヤリ


あ、機会があったら。
自分がリラックスしている時に穴埋め問題を出してみてください。


【子育てとは=○○】


思わぬものが根底にあるかもしれません。
私の苦しいのように。



小さなことでも、
悩んでしまったときには使えると思います。
穴埋め問題の問を変えるだけですし。


それが何かのきっかけになるかもしれないから…



お付き合い頂きありがとうございました。
そして、私の親指もお疲れさまでした。
もちろん今回もすべて携帯からの更新でございます(笑)

【塩風呂につかって何やら考える。その②】

読む人を疲れさせるほどの長文でお馴染みの管理人が、
ついに記事を分割する技を覚えたという…(笑)
なみこブログ史上初の分割記事にまだまだお付き合い願います。



昨日土曜日は、雪がまだまだ残る道を、
車がない我が家は、スーパーまでみんなで歩いて買い出しです。
意外と遠いですが…がんばります。


そこでふと、
先日ネットでふらふらいろいろと見ている時に見かけたある女性の事を私が話し始めました。

その方は、
三人のお子さんがいるのですが、
家具職人の旦那さまに主夫をお願いして、
ネット環境を駆使してバリバリ働いてらっしゃる方で。
北海道の田舎で家を手作り、畑で野菜を育て薪をわり…自然と共に生きる。
そんな私の理想とする生活をされている方です。


なぜそんな話を突然したのかもわからないんですけど。


そのホームページ、
大分前にも一度。たまたま見かけて訪問したことがあります。
その時はいいなぁと憧れながらも。
その眩しさに耐えきれずにサラーっと通りすぎました。
私にはできないなぁとどこかで思いながら。

そしてまた先日。
またしてもたまたま。どういう検索をしたのかもわからないのですが(笑)
たどり着いたわけです。

あ、これ見たことあるな…
と思いながらもじっくり読みました。

そこにはやはり。
私の理想とする全てが詰まっていたわけですが。

移住した先の北海道で。
私がしたいと憧れている生活をしている人がいる。
子供が三人いても、家族に支えられてキラキラと生きているお母さんがいる。
そして、家族に支えられていることを幸せだとはっきり言い切っている人がいる。

そしてその眩しいはずの内容を、
今回はなんなら自分に置き換えて受け入れようとすらしている。


もうですね。
この二回目のホームページ訪問のこの時に、
私の中に大きく横たわっている子育てについての価値観に小さな穴があいていたようです。
当時はわからなかったけど。


話しを聞いた、夫が言います。
『なみこさんは働くの好きだと思うんだけどなー』と。
『母親がそばにいないとー…って思ってるでしょう?』と。


はい。


私、『子供が小さいうちは母親と一緒にいるべきだ』という価値観をずっと、小学生くらいから持っていました。

それは、私もしてもらったから。
じゃあ私もそうしようと気付いたら思っていたということなんですけどね。


そして実は密かに。
バリバリキラキラ自由に飛び回る人に対する憧れも半端ない。


こんな話が脈絡もなく口から飛び出してくる時点で、
私の価値観に空いた小さな穴は、メリメリバリバリとついに大きな穴になっている証なんですけどね。


なのに、子供が小さいうちは…という言葉で私を縛っているわけです。


たぶん、私は動き始めるんです。
でもストップをかける思いがある。


そんなことを感じながらスーパーの椅子で休憩をしていたら、
おしゃべりなおばあちゃんが話しかけてきました。


長い話を総括すると、「子供はお母さんと一緒にいるのがいいのよー」ということのようで。


そんな現象に、ストップをかける私の中の思いの強さに苦笑いしつつも。
買い出しを終えて帰宅しました。


そしてようやくお風呂ですよ。やっとですよ。お待たせしました。


普段なら本でも読んで…となるところを。
いや、今日は何やら向き合うときだなと思いまして。

いざ塩風呂へ。


すると、真っ先に。
移住してきた時に思っていた
のびのびと子育てしたいという思いについて考え初め…たと思ったら(笑)

スッコーーン!と
頭に飛び出してきたものがありました(笑)



【私は、自分がのびのびしていないのに
娘にのびのびしなさいよ!と要求していた】んです。
むしろ強要していた。


なんか拍子抜けというか。

…へ?
あ…、なんだそれ。
あ…。本当だ。
私、なにやってんだよー。もー(笑)やだー(笑)


…ですよ。
ここにたどり着きたくて、内なる叡智師匠が暗躍してたんです。
笑っちゃったら、軽くなりまして。


娘にのびのび成長してほしいなら、


【何より私が一番のびのび生きて行けばいいんだ】と。


子育ては、
私がのびのびキラキラ生きて行けば、後から結果は勝手についてくる!


子育ては、
全てを犠牲にしてするもの。
それこそただの刷り込みでした。


お母さんが満たされていれば、
家族にも優しくなる。
笑顔が増える。
家庭が明るくなる。


というわけで、
私。のびのび生きていくことにしました。

【一番身近にいる大人が、
のびのびキラキラ楽しく生きていれば、
その背中を見て子は育つ!】


塩入り湯船で、
こんな突き抜けた考えに到達してしまったわけです。
その後は、
もうのびのびしちゃってますから。
ご飯前にお風呂に入ったというのに2時間近く入ってみたり(笑)
私がのびのびしちゃうことをのびのび考えてニヤニヤですよ。
子育ての悩みなんて、もう悩みにならなくなっちゃったわけですから。
お風呂上がりの私はすっきり爽快です(笑)


で、
まさかの日曜日にも続きがありました。

みんなでお風呂に入りながら、
一連の私の子育てについての価値観崩壊の流れについて夫と話しをしていたところ。

天使からメッセージというか、提案がありました。


『子育ての枠、とっぱらっちゃえば?』


おぉ。
面白いことを言いますな(笑)


すでに
自分の背中を見せることで子育てしようとしているわけですけども。

そこから子育ての枠をはずすとなると?


あ、
育てようと思わないってことかな。


ちょっとでも自己啓発系の本や、スピ系の本を読んでいる方はご存知だと思いますが。

相手を変えるには、自分が変わればいい。っていう例のあれの応用のことのようです。


どんなに小さな子供でも、
一人の立派な人間だということ。
近くに居すぎて忘れがちだけど。


相手に手取り足取り教えていくよりも、
まずは自分で示していく。

夢を持ちなさいと言わなくても、
やりたいことをしてキラキラ輝いている身近な大人として、背中で語っていたら。

素敵なキラキラの未来を思い描いていくと思いませんか?


たぶん多くの事を感じ取ってくれるはずです。


この地球に。
これからの新しい地球に役割を持って転生してきた
勇敢な魂である同志として。

魂の付き合いをする。
ただただ信じ、大きな大きな愛で包んでいく。

放任?放置?するわけじゃありません。

存在を認め愛し尊重しながら、
その子の勇気を引き出し、必要があれば手助けする。

これこそ新人類であるレインボー世代育児のベースにあたるのかもしれません。

正直いうと、今までも。
互いに精神的なバランスがとれ、家族のコンディションが整っているときはやっていたことなんですけど。

調子の良い時限定じゃなく。
我が家はこれを普段のベースにするときがやってきたということ。



アシュタールの個人セッションを受けたときに言われた言葉。

『愛は時間や距離なんて関係なく、直接ハートに送ることができる』
『親子がべったり一緒にいることは必ずしも必要ではない』
(注:もっと柔らかい素敵な言い回しをしていたのですが。要約ってことで。)

ようやくその意味を落としこむことができました。
時間かかりすぎた(笑)



こうなってくると、
何かを経験させたい。体験させたい。
そう思うこと自体が親のエゴにみえてきました。


人生を楽しんでいるお母さんの笑顔がある。


その安心感で子供は外に行ける。
やりたいことを自分で見つけて、取り組んでいける。
経験も体験も受け入れる土台を築くことができる。


なんだかね、
子育てについてごちゃごちゃ悩まなくてもね。

本当はうまく流れるようになっているのかもしれない。

失敗や摩擦から何かを学ぶ時代は過ぎたような気がするんですよね。


我が家、
各々がのびのびと生きていけるように。
子育てという今までの考え方を手放します。



ようやく三日間の内容が書けました。
次は総括へ(笑)
なんと。まだまだ書くきらしい…続きます。

【塩風呂につかって何やら考える。その①】

さて、実は土曜日。
娘がお風呂入らない!断固拒否宣言を致しまして。
突然憧れのひとり風呂の夢が叶いました。
(娘は体を拭いてさっぱり顔でございました。冬だし、1日くらいどぉってことありませんね。)

ウッキウキしながら湯船に塩を入れまして。
そらぁもう楽しませていただきましたとも。


というわけで、突然ですが。
【塩風呂にて考えるシリーズ】が始まります。よろしくお願いします。

で、今回のお題。【子育てについて考える】
金曜日の夜から考えてるお題でして。さらに考えます。

まずは金曜夜までの話。
その前に私の子育てについてのベースについて。


私は、妊婦の間。
初期からずっと脈拍が早く常に140前後ありました。
妊娠自体が体にとって、全力疾走をするのと同じくらい付加がかかっていたらしいのです。

つわりも重め。
切迫で自宅軟禁。
結局出産まで活動的な妊婦生活とは無縁でした。

当時、私は先天性の両足首の欠陥がありまして、杖をついていたんです。
(とある本と出会いまして、その中の一文を読んだ瞬間。足首の痛みを全て受け入れることができ、…痛みが消えました。今は杖も処分し使っていません。)

日に日に重くなる体。
座骨神経痛持ちの腰は崩壊の一途。

そして出産。
予想より大きく生まれた娘。
腰の完全崩壊(笑)
腰をね、きつく固定しないと本当に立ってられない歩けないの(笑)びっくり。

退院間際、母の心ない言葉に傷つき助けを拒否。

腰の痛み痺れと足首の痛み(出産で踏ん張りすぎて感覚麻痺)とやんややんやで。
本当に泣きながら育児生活スタートしました。

で、あっさり産後うつ状態になります。
そりゃ、自分の痛みのことだけでキャパオーバーしてるんだからね。
今思えば当然の産後うつ。
夫の手厚いサポートを受けながら、なんとか立ち直ってきた産後1ヶ月半…


震災発生。


埼玉も揺れまして。
そして原発事故。
毎日繰り返される津波の映像におしつぶされそうになりながらも、
産後うつ母さん、娘を守りたい一心モード発動。
無理矢理、もう強制的にうつから回復。

いろいろ調べまくって調べまくって、
世の中の真実にたどり着きます。

その後の子育ては、
世間との摩擦の中で、苦しみもがき。
震災前の一般常識を振りかざす人たちとのたくさんの衝突。
(原発が爆発したのに、外気浴のために散歩しろとか…。海にも流出してるのに魚食べさせろとか…教科書通りのことしか言わない人たち)


妊婦時代。
お布団の中で思い描いた『子供と一緒にたくさん外にでよう』という夢。
漠然と憧れていた、
子供の日々の成長に、心穏やかに幸せな時を過ごす夢。

そんなゆったりとした子育てに憧れていたはずが…


現実は。


安心できる水を!
母乳育児なので安心な食材を!
一般常識を盾にして臨機応変に対応できない人たちとの戦いの日々。
毎日ね、必死に生きてました。


そんな生活に見切りをつけて、札幌へ移住してくるわけだけども。

移住後の子育ては、
それなりに楽しくやってこれたと思います。
緊張状態からの開放感で、観光客ばりに楽しみました。
原発避難してきた方たちとも知り合うことができましたし。


そんな観光客テンションも落ち着き、じっくり腰を据えはじめた頃から…
どこか苦しい。
心の奥のほうで、ずっと苦しい。違和感。


移住にあたり、
のびのびとゆったりと子育てをしたい!という強い思いがありました。
でも、できているのか?
私が思い描いた子育てはできているか?


少しずつ少しずつたまっていた苦しさがいっぱいになった私は、夫に話してみました。
(悩みを話すと、夫が大天使達の言葉を伝えてくれるのですが、)
いろんな話をしながら、はっとしたことがあります。


私は、娘の成長の記憶と、自分の母親としての成長の記憶を結びつけないようにしていたんです。
それは、とても苦しくて辛い戦いの記憶だから。


さんざん涙を流した後、布団の中で考えてました。


私にとって子育てとは。


=苦しい。


そうか。
私は苦しい子育てをずっとやってきたんだ。
子育ては苦しいと思っているから、
わざわざ問題のある苦しい部分にスポットライトを当てて、


「ほら、やっぱり苦しいじゃん。」


と、苦しくなることで安心していたんだとわかりました。


夫が言いました。
『子育ては、成長につれて大変なことも増えたり変化していくけど、楽になることも増えていく』って。

『一人目だろうが二人三人だろうが、みんな同じじゃないから。
みんな初めてのことをやっているんだから苦しくて当然だ』って。


あ。そうか。
苦しくてもいいんだ。

子育ては、
苦しい…かもしれないけど、楽しいこともある。

そのまんまでいいや。
初めての経験なんだから、そのまんまでいいや。
苦しいと思った気持ちも、
楽しいと思った気持ちも。
そのまんまでいいや。

良いとか悪いとか、
そんなこと判断する必要はまったくなくて。


【ただそのままを。
受け入れて、味わい尽くして、手放していく。】
それだけでいいんだ。


ということに気が付きました。
これが金曜日の夜の話。

こんなに書いたのにね、
まだ塩風呂の塩の字すらでてきてませんよ?
湯船入ってませんよ?


今回は、金土日の三日間に渡る気付きの一連の流れを。
もうそのまま書いてしまおうという(笑)
壮大な?ものでございまして。


まだまだお付き合いください。
次へ続きます。