地震から3カ月 | ぱん・ぱん・ぱーん

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大好きなパンと作ったものの記録です

 

あの巨大地震から、3カ月経ちました。

最初の一カ月は非日常的な事ばかりで、驚く事がたくさんあり、長く感じましたが、
ライフラインが復旧してからの2カ月&3カ月はあっという間。

未だに行方不明者が大勢おられる事に、とても悲しく感じます。
(宮城県の死者 9214名 行方不明者 4913名 6月10日現在)
地元の新聞では、今でも毎日地震当時の津波体験が掲載されているし、
津波の引き波がどれほど大きかったのか、改めて自然の恐ろしさを感じます。

昨日の夜10時半頃に、テレビを見ていたら久々に地震緊急速報が!
ビクッとして警戒した私。
結局は地鳴りがした震度2~3クラスでしたが、地震に慣れていると思っていたのに、
以外に敏感になっている自分がいるんだな~と・・・。
今朝も7時半頃に、昨夜と同じ震源地の宮城県沖の地震がありました。

・・・3か月も経っているのに、未だにおさまらない余震。
私達は、大きな大地の一部に生かされているんだ、と実感しています。

ガレキの撤去が行われずに、そのままの所もまだまだ多数。
道路を優先されて通れるようにして、その道沿いのバス停に並ぶ高校生の写真を見ました。
彼らは、毎日、ガレキ一面の現実を見て、生活しているのです。
自分のまちの変わりように、失望しているだろうに、我慢している姿は何とも言えません。

地震の被害+津波の被害だけでも十分大変で、復旧もままならないのに、
原発問題を抱えている福島の皆さんは、いらだちと憔悴感に包まれているでしょう。
政局云々・・・は、本当に後回してもらいたいものです。

 

無くなった伯母夫婦は、あの混乱だった月に一度お別れ会という形を行いましたが、
6月初め、改めて告別式を行い、無事に終わりました。
震災当時は、犠牲者が多く火葬場自体が津波で流されたり、燃料不足な事もあり、土葬をしたところも(伯母夫婦は最初から火葬)。
落ち着いた今、もう一度再葬し、通常の火葬をしているようです。

まだ、気持ち的には何にもしたくない感じが続いています・・・。
新聞の応援メッセージや体験談を読んで涙ぐんでみたりと、まだ感情的になる事も。
だからと言って、寝込んでいたりしているわけではなく、
元気にピンピンしておりますので、心配しないで下さいね~!

堤防が破壊されて無防備になっている状態の今、また地震がきたら・・・と思うと、
気軽に車で出かける事も考えるし(常識では考えられない場所まで津波襲来)、
少しの揺れでも、超・反応してしまいます・・・。

天気の良い清々しい日は、震災など無かったような錯覚に。
でも、現実の厳しい現状は何も変わらぬままでー、
普通に暮らせている事に、罪悪感を感じる事もあります。

 

一日でも早く、行方不明者の方が見つかりますように・・・。